香港株式市場、「ロブスター養殖」が大はやり
香港の株式市場でいま最も熱いテーマは、人工知能(AI)エージェントの「オープンクロー(OpenClaw)」でしょう。中国では「龍蝦」の愛称と大きなはさみ(Claw)を持つロブスターのキャラクターで知られ、「養蝦(ロブスターを育てる)」がオープンクローの入手・設定を意味するソーシャルメディア上の流行り言葉になりました。オープンソースとして公開されたのは2025年11月ですから、およそ4カ月で熱狂的な支持を得たことになります。
オープンクローは、オーストリア出身のピーター・スタインバーガー氏が開発した、パソコン上で自律的に仕事をこなしてくれるAIを使う技術です。電子メールやスケジュールの管理などの日常ルーチンから、航空券の予約、さらにはソフトウエア開発業務支援や請求書の自動照合などの高度なタスクをAIに「お任せ」できるといいます。
モデル競争で出遅れのテンセント、オープンクローで逆転へ
これだけなら「AIを便利に使える便利な技術」ですが、香港の証券市場が熱狂する理由は、オープンクローがAIを巡る中国インターネット・プラットフォーム企業の競争環境を大きく変える「ゲームチェンジャー」になり得る可能性があるからです。
『香港経済日報』の3月24日付記事によれば、インターネット・プラットフォーム企業がしのぎを削るAI市場において、香港の投資家はテンセント(00700)が「後手に回った」とみなしてきました。AIを使ったサービスの基盤となる大規模モデルの存在感が薄く、クラウドと自社AIモデルの組み合わせで稼ぐ仕組みが見えづらいとされていたからです。確かに、同社が開発した「混元」はどちらかと言えば自社サービスを裏側で支えるクローズド寄りの役割を担っており、オープンソース戦略をとるアリババ集団(09988)の「千問(Qwen)」や百度(09888)の「文心(EARNIE)」のように世界的な大規模モデルの評価ランキングで上位争いの常連になってはいません。
しかし、オープンクローのようなAIエージェントが広く使われるようになれば話は別です。競争の基軸は「大規模モデル間のシェア争い」から「複数モデル共存」に変わります。AIエージェントが介在することで、アプリは性能と価格をみながら柔軟にモデルを選択するようにあり、単一のモデルに依存する必要がなくなるからです。

テンセントクラウドのオープンクロー案内
対話アプリ「微信」用プラグイン、AIを自社ワークフローに統合
こうなると、テンセントは強みである対話アプリとミニプログラム、決済システム、クラウド、セキュリティーシステムとの連携が生きてきます。自社モデルの「混元」を唯一の中心に据えなくても、AI経済圏で優位に立つ戦略が立てられます。同社は3月22日、オープンクローを同社の対話アプリ「微信(WeChat)」から呼び出せるプラグイン「ClawBot」を発表しました。
JPモルガンは最新リポートで、テンセントのAI戦略は「勝者総取り型」のチャットボットやモデル独占を目指さない点に特徴があるとの見方を示しました。チャットボットはAIの入口の一つに過ぎず、多くの部分で検索機能と重複します。JPモルガンは、より大きな機会は「AIを微信やミニプログラム、生産性ツール、コンテンツ、Eコマース、モバイルエージェントのワークフローに統合することにある」としました。
もっとも市場関係者は、オープンクローが普及すれば、大規模モデルの強みで「勝ち組」とみなされていたアリババ集団などが一転して不利になると言い切っているわけではありません。そもそも、AIエージェントの使用が成長すれば大規模モデルの利用量が増え、料金も引き上げやすくなり、大規模モデルから得る収入が伸びるはずです。
実際、アリババクラウドは3月18日、AI計算サービスやストレージの利用料金を最大34%引き上げると発表しました。「世界的なAI需要の急拡大とサプライチェーン全体にわたるコスト上昇の影響で、ハードウエアの調達費が大幅に上昇した」と値上げ理由を説明しています。
モルガン・スタンレーは、オープンクローを含めたAIエージェントの急成長の恩恵を最も受ける銘柄としてアリババ集団を挙げました。アリババのAI半導体チップ、画像処理装置(GPU)を基盤とするIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)、大規模モデル、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)およびアプリを包含するフルスタックAIソリューションを引き続き高く評価しており、アリババクラウドの2027年度の成長率見通しを40%から45%へ上方修正しました。アリババクラウドは中国IaaS市場においてトップのシェアを誇ります。

中国当局、AIエージェントのセキュリティーリスクを警告
オープンクロー人気に水を差す要素があるとすれば、中国当局による監督強化と、米国による技術規制でしょう。これは中国のインターネット・プラットフォーム企業が新たな技術や事業モデルに踏み出す際、繰り返し起きてきた事態です。
すでに3月17日、中国国家安全省は「オープンクロー安全養殖マニュアル」を発表し、AIエージェントをパソコンに導入するリスクを理解するよう求めました。例えばAIに最高システム権限を与えてしまうと、攻撃者によってパソコンが乗っ取られたり、データが盗まれたりするかもしれません。また、オープンクローはSNS上で自律的に発信することができるため、虚偽情報の生成・拡散や詐欺などの違法行為に利用される恐れがあるとしました。
自立的にタスクを処理できるAIは、権限管理や監督制度、責任の所在規定がないまま広がってしまえば、行政システムにおける統制を揺るがしかねません。国家安全省はオープンクローを生産性の高い「デジタル従業員」とするよう求めた半面、法令順守・安全・制御可能が前提だと強調しました。



