中国株、あのテーマはどうなった?

第84回 オープンクロ-: 中国AI市場のゲームチェンジャー、テンセントに追い風

香港株式市場、「ロブスター養殖」が大はやり


香港の株式市場でいま最も熱いテーマは、人工知能(AI)エージェントの「オープンクロー(OpenClaw)」でしょう。中国では「龍蝦」の愛称と大きなはさみ(Claw)を持つロブスターのキャラクターで知られ、「養蝦(ロブスターを育てる)」がオープンクローの入手・設定を意味するソーシャルメディア上の流行り言葉になりました。オープンソースとして公開されたのは2025年11月ですから、およそ4カ月で熱狂的な支持を得たことになります。


オープンクローは、オーストリア出身のピーター・スタインバーガー氏が開発した、パソコン上で自律的に仕事をこなしてくれるAIを使う技術です。電子メールやスケジュールの管理などの日常ルーチンから、航空券の予約、さらにはソフトウエア開発業務支援や請求書の自動照合などの高度なタスクをAIに「お任せ」できるといいます。


モデル競争で出遅れのテンセント、オープンクローで逆転へ


これだけなら「AIを便利に使える便利な技術」ですが、香港の証券市場が熱狂する理由は、オープンクローがAIを巡る中国インターネット・プラットフォーム企業の競争環境を大きく変える「ゲームチェンジャー」になり得る可能性があるからです。


『香港経済日報』の3月24日付記事によれば、インターネット・プラットフォーム企業がしのぎを削るAI市場において、香港の投資家はテンセント(00700)が「後手に回った」とみなしてきました。AIを使ったサービスの基盤となる大規模モデルの存在感が薄く、クラウドと自社AIモデルの組み合わせで稼ぐ仕組みが見えづらいとされていたからです。確かに、同社が開発した「混元」はどちらかと言えば自社サービスを裏側で支えるクローズド寄りの役割を担っており、オープンソース戦略をとるアリババ集団(09988)の「千問(Qwen)」や百度(09888)の「文心(EARNIE)」のように世界的な大規模モデルの評価ランキングで上位争いの常連になってはいません。


しかし、オープンクローのようなAIエージェントが広く使われるようになれば話は別です。競争の基軸は「大規模モデル間のシェア争い」から「複数モデル共存」に変わります。AIエージェントが介在することで、アプリは性能と価格をみながら柔軟にモデルを選択するようにあり、単一のモデルに依存する必要がなくなるからです。


テンセントクラウドのオープンクロー案内


対話アプリ「微信」用プラグイン、AIを自社ワークフローに統合


こうなると、テンセントは強みである対話アプリとミニプログラム、決済システム、クラウド、セキュリティーシステムとの連携が生きてきます。自社モデルの「混元」を唯一の中心に据えなくても、AI経済圏で優位に立つ戦略が立てられます。同社は3月22日、オープンクローを同社の対話アプリ「微信(WeChat)」から呼び出せるプラグイン「ClawBot」を発表しました。


JPモルガンは最新リポートで、テンセントのAI戦略は「勝者総取り型」のチャットボットやモデル独占を目指さない点に特徴があるとの見方を示しました。チャットボットはAIの入口の一つに過ぎず、多くの部分で検索機能と重複します。JPモルガンは、より大きな機会は「AIを微信やミニプログラム、生産性ツール、コンテンツ、Eコマース、モバイルエージェントのワークフローに統合することにある」としました。


もっとも市場関係者は、オープンクローが普及すれば、大規模モデルの強みで「勝ち組」とみなされていたアリババ集団などが一転して不利になると言い切っているわけではありません。そもそも、AIエージェントの使用が成長すれば大規模モデルの利用量が増え、料金も引き上げやすくなり、大規模モデルから得る収入が伸びるはずです。


実際、アリババクラウドは3月18日、AI計算サービスやストレージの利用料金を最大34%引き上げると発表しました。「世界的なAI需要の急拡大とサプライチェーン全体にわたるコスト上昇の影響で、ハードウエアの調達費が大幅に上昇した」と値上げ理由を説明しています。


モルガン・スタンレーは、オープンクローを含めたAIエージェントの急成長の恩恵を最も受ける銘柄としてアリババ集団を挙げました。アリババのAI半導体チップ、画像処理装置(GPU)を基盤とするIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)、大規模モデル、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)およびアプリを包含するフルスタックAIソリューションを引き続き高く評価しており、アリババクラウドの2027年度の成長率見通しを40%から45%へ上方修正しました。アリババクラウドは中国IaaS市場においてトップのシェアを誇ります。



中国当局、AIエージェントのセキュリティーリスクを警告


オープンクロー人気に水を差す要素があるとすれば、中国当局による監督強化と、米国による技術規制でしょう。これは中国のインターネット・プラットフォーム企業が新たな技術や事業モデルに踏み出す際、繰り返し起きてきた事態です。


すでに3月17日、中国国家安全省は「オープンクロー安全養殖マニュアル」を発表し、AIエージェントをパソコンに導入するリスクを理解するよう求めました。例えばAIに最高システム権限を与えてしまうと、攻撃者によってパソコンが乗っ取られたり、データが盗まれたりするかもしれません。また、オープンクローはSNS上で自律的に発信することができるため、虚偽情報の生成・拡散や詐欺などの違法行為に利用される恐れがあるとしました。


自立的にタスクを処理できるAIは、権限管理や監督制度、責任の所在規定がないまま広がってしまえば、行政システムにおける統制を揺るがしかねません。国家安全省はオープンクローを生産性の高い「デジタル従業員」とするよう求めた半面、法令順守・安全・制御可能が前提だと強調しました。


この連載の一覧
第84回 オープンクロ-: 中国AI市場のゲームチェンジャー、テンセントに追い風
第83回 HALO:AIブームからの逃避先、中東紛争で脚光
第82回 ステーブルコインは統制可能か、香港が挑む「実験」
第81回 中国自動車業界、輸出から海外生産へシフト
第80回 「閉じる、は即ち開放」海南自由貿易港の逆説
第79回 香港ステーブルコイン:ネット大手と金融機関が免許争奪戦
第78回 香港ステーブルコインの裏表
第77回 中国映画:官民で描く国産作品の成長シナリオ
第76回 中国本土の投資家が香港市場で買った銘柄トップ10
第75回 「国家隊」その3:対トランプ戦線に参画、中国株ETFを買い増し
第74回 銀髪経済:攻守一体の長寿ビジネス
第73回 全固体電池:車載開始は27年、30年に量産化へ
第72回 中国の家電 その2:DeepSeekがゲームチェンジャー
第71回 ヒューマノイド:2025年は量産元年
第70回 ディープシーク その2:米中プラットフォームが続々提供
第69回 ディープシーク:トランプ氏コメントがまともな理由
第68回 人民元の先安観が消えない理由
第67回 2025年の消費:若者がこだわる6つの新潮流
第66回 新中式飲食業:若者を引き付ける「ネオ中華」消費トレンド
第65回 中央政治局会議 その2:金融政策を「緩和」に転換
第64回 「氷雪経済」が熱い!25年に1兆元突破へ
第63回 中国製ゲーム:世界で勝負、先兵は孫悟空
第62回 観光業界: 25年は休日が2日増加、国内旅行ブーム到来か
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
【中国株、あのテーマはどうなった?】第13回「国産旅客機」苦節15年、来春にも商業運航へ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第12回「マカオのカジノ免許」既存6社が順当に当選、勝負はカジノ場外へ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第11回「国産化粧品」Z世代の愛が支え、ネット活用で海外ブランドと勝負
【中国株、あのテーマはどうなった?】第10回「リチウムイオン電池」大成功の代償?EV大国を悩ませるサプライチェーンのひずみ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第9回「サッカーW杯」開幕前に勝負は決まる!?冬の陣でもビールが主役
【中国株、あのテーマはどうなった?】第8回「国有企業改革」(その2) 習近平氏の旗振りで「より強く、より優れ、より大きく」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第7回「国有企業改革」(その1)
【中国株、あのテーマはどうなった?】第6回「半導体の国産化」(その2) 断裂する半導体の世界、米中が相互排除
【中国株、あのテーマはどうなった?】第5回「半導体の国産化」(その1) 国策を脅かす前門の米国、後門の腐敗
【中国株、あのテーマはどうなった?】第4回 ハイテク全部乗せの経済政策「新型インフラ」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第3回 香港に取って代わるか、海南島「自由貿易港」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第2回 株式市場となじみきれない「軍民融合」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

村山 広介の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております