中国株、あのテーマはどうなった?

第90回 「Kimi K3」:米中AI相場を揺るがす高性能モデル

Kimiショック、米国市場の主要テック株が急落


今回のテーマは、中国の新興企業「月之暗面(Moonshot AI)」が開発した人工知能(AI)モデル「Kimi」です。2年2カ月前に第40回で初めて取り上げた際は、「ひょっとすると、新世代のテックジャイアントに大化けするかも知れない」とご紹介しましたが、当時は中国本土の株式市場ではやされている投資テーマに過ぎませんでした。しかし今では、世界の主要市場でAI関連セクターに影響を及ぼすようになりました。


7月17日の米国株式市場で幅広い主要テック銘柄が急落し、ハイテク株主体のナスダック総合株価指数は前日比1.4%安と続落しました。その引き金になったとされたのが、前日にリリースされていた「Kimi K3」です。性能が米アンソロピックの最新AI「フェイブル」に肉薄する一方で、利用料金が圧倒的に安く、米国のAI企業の優位を揺るがすと受け止められました。こうした市場の反応を聞くと、2025年1月の「DeepSeekショック」(第69回)を思い起こす方が多いでしょう。


もっとも「DeepSeekショック」の衝撃は、次第に薄れていきました。まず、安価なAIモデルの活用が広がれば、結局はAIを支えるインフラへの投資は拡大していくという見方が支えとなりました。しかも、米AI企業がさらに高性能のモデルを投入していきます。米オープンAIが2025年8月に新世代モデル「GPT 5」、米アンソロピックも26年に「Claude Mythos」と「Claude Fable」を相次いで投入しました。これで再び、米国製AIが大きく先行した…少なくとも当時はそう考えられていました。しかし、Kimi K3の登場によって、市場の想定よりもはるかに短い期間で中国企業が差を詰めたわけです。


AIエージェント部門で5位、「Claude」に迫る高評価


「Kimi K3」が利用者から好評を得たのは確かです。AIの性能を利用者の投票結果によって順位付けする米アリーナインテリジェンス「アリーナリーダーボード」のAIエージェント部門で、「Kimi K3」は5位に入りました(2026年7月28日集計、表1参照)。オープンソース型に限れば首位となり、北京智譜華章科技(02513)の「GLM」を上回りました(表2参照)。




利用者の立場からすれば、複数の会社がAIモデルの性能を競うのは好ましい状態です。特定企業による市場の寡占は利用料金のつり上げと技術発展の停滞につながりかねません。勝ち残りを目指す各社が、資金調達のために続々と株式市場に登場する状況は、投資家にとって大きなチャンスと言えます。ただ、AIモデルのテーマ株については、注意すべき点が主に2つあると思います。


米国と中国、先端モデルを巡り対立


一つは、ハイテク覇権や安全保障を巡る米国と中国の対立に、企業が巻き込まれるリスクです。すでにリスクは実体化し始めたのかもしれません。米ニュースサイト『アクシオス』によると、トランプ米政権では中国製AIの性能向上ペースが想定を超えているとの危機感から、米国企業による中国製のオープンモデルの利用を制限するなどの規制論が浮上しています(月之暗面を含めた多くの中国AI企業は、技術を外部に公開するオープン型の開発方式をとっています)。


また、アンソロピックのダリオ・アモデイ最高経営責任者(CEO)は7月27日、米企業のAIが中国勢に不正利用されるのを防ぐ規制が必要との見解を自社ウェブサイト上で公表しました。アモデイ氏や米当局者による批判の背景には、AIモデルからデータを抽出する「蒸留」が中国企業の間で横行しているとの認識があります。


こうした動きに、中国当局は強く反論しています。中国商務部の報道官は27日、「多くの米国企業も研究開発やモデルの訓練で中国のモデルを蒸留している」と主張し、米国側の規制論は「覇権主義的な行為」と批判しました。米国企業の反応も一枚岩ではなく、米マイクロソフトや米エヌビディアなど32の企業・団体が24日、オープン型のAI開発を規制しないよう米政府に求める声明を公開しました。政府の過度な介入は技術革新を妨げると懸念しています。


国内競争が激化、北京智譜華章科技とミニマックスの株価に下押し圧力


もう一つのリスクは、業界の競争激化です。7月28日の香港株式市場では、第87回第88回でご紹介したAIモデル開発新興の北京智譜華章科技とミニマックス(00100)が急落しました。香港メディアによれば、前日にKimi K3の完全なウエート(学習済みパラメーター)が一般向けに公開されたことが売り材料とされました。利用者がKimi K3のウエートを自前のインフラにダウンロードできるようになったことで、北京智譜華章科技とミニマックスは市場シェアを奪われるとの観測が浮上したようです。Kimi K3は米国企業だけでなく、中国AI企業同士の競争も激化させたわけです。


新たな技術に裏付けられた新事業に多数の企業が一斉に参入し、業界全体が過当競争に陥る事態は、中国では太陽光パネルや新エネルギー車などで繰り返されてきたパターンです。これこそが中国経済のダイナミズムを支え、産業構造が新陳代謝によって高度化する過程だと評価できる面もあります。ただし、中国政府の指導や規制が行き過ぎ、市場の成長期待が一気にしぼむ例もありました。株式投資の視点からみると、米国と中国の対立だけでなく、中国国内での規制強化や業界内部で進む淘汰・統合の動きも見極める必要があるでしょう。



この連載の一覧
第90回 「Kimi K3」:米中AI相場を揺るがす高性能モデル
第89回 中国軍事企業:米国防総省、アリババや百度も指定
第88回 AI関連が上場ラッシュ、トップモデルは誰だ
第87回 ハンセンテック指数:ナスダック追走へ、AIモデル開発2社を採用
第86回 中国自動車業界(その2):EVで狙う北米・日本市場
第85回 ハンガリー政権交代:中国企業の欧州進出に逆風か
第84回 オープンクロ-: 中国AI市場のゲームチェンジャー、テンセントに追い風
第83回 HALO:AIブームからの逃避先、中東紛争で脚光
第82回 ステーブルコインは統制可能か、香港が挑む「実験」
第81回 中国自動車業界、輸出から海外生産へシフト
第80回 「閉じる、は即ち開放」海南自由貿易港の逆説
第79回 香港ステーブルコイン:ネット大手と金融機関が免許争奪戦
第78回 香港ステーブルコインの裏表
第77回 中国映画:官民で描く国産作品の成長シナリオ
第76回 中国本土の投資家が香港市場で買った銘柄トップ10
第75回 「国家隊」その3:対トランプ戦線に参画、中国株ETFを買い増し
第74回 銀髪経済:攻守一体の長寿ビジネス
第73回 全固体電池:車載開始は27年、30年に量産化へ
第72回 中国の家電 その2:DeepSeekがゲームチェンジャー
第71回 ヒューマノイド:2025年は量産元年
第70回 ディープシーク その2:米中プラットフォームが続々提供
第69回 ディープシーク:トランプ氏コメントがまともな理由
第68回 人民元の先安観が消えない理由
第67回 2025年の消費:若者がこだわる6つの新潮流
第66回 新中式飲食業:若者を引き付ける「ネオ中華」消費トレンド
第65回 中央政治局会議 その2:金融政策を「緩和」に転換
第64回 「氷雪経済」が熱い!25年に1兆元突破へ
第63回 中国製ゲーム:世界で勝負、先兵は孫悟空
第62回 観光業界: 25年は休日が2日増加、国内旅行ブーム到来か
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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