夜中3時に恐怖のインターホン
「上海のロックダウンが解除されてよかったね」――。ここ1カ月ほど、日本の知人や同僚からよくかけられる言葉です。今年の4月と5月は、上海市民2500万人のほとんどが家のドアからすら出られない“ガチ封鎖”が行われました。それと比べると、外出や散歩ができ、制限付きながらも外食を楽しめる今はスバラシイの一言でしょう。何だか幸せを感じるハードルが格段に下がった気もするのですが。
ただ、表面上は通常生活に戻っているものの、市民の気持ちは複雑なようです。それは、今回の厳しい都市封鎖を経て「次にいつ何があるか分からない」という懸念が心の中に残っているから。現在、上海市民の端くれである私も同感です。
ロックダウン解除から1週間ほど経った6月のある日。私が住むマンションの部屋のインターホンが何十回も鳴らされました。しかも夜中の3時半。熟睡中だった私は、おそらく数回目で目が覚めたのですが、その時に脳裏を横切った思いはただ一つ。「どこかに連れて行かれる」――。一気に現実に戻りました。ちょっとした恐怖感から、インターホンを無視して布団にくるまっていたのを覚えています。
中国のゼロコロナ政策は、「徹底検査・即時隔離・厳格な水際対策」の3本柱。PCR検査で陽性が確認されると、軽症や無症状に関わらず指定医療機関や施設に強制護送されます。濃厚接触者や、その濃厚接触者(二次接触者)も同様。身に覚えがなくても、濃厚接触者に指定されれば、スマホのGPSなどで各種情報が割り出され、地元政府やその末端組織から連絡が入ります。自宅マンションで起きた夜中3時半の呼び出しは、マンション内に「濃厚の濃厚接触者」が発覚し、即時PCR検査を行うという通知でした。1階エントランスに降り、鼻に棒を突っ込まれる「早朝PCR」はなかなかのものです。
今回、私は濃厚接触者ではなかったのですが、「どこかに連れて行かれる」という恐怖はこの数カ月で叩き込まれてしまったようです。今から思えば、突然の呼び出しに身構えてしまったのは自然な反応だったのでしょう。マンションはその後、とりあえず2日間のロックダウンとなり、家から一歩も出られない状態に逆戻りとなりました。その後も12日間は健康観察期間ということで、移動・行動制限や定期的な強制PCR検査が科されました。
濃厚接触者でも集中隔離義務は変わらず
6月下旬に中国政府がコロナ対策を見直し、日本では「政策緩和だ!」との一部報道がありました。しかし、現地に住む者からすれば、あるいはオミクロン株の出現で共存論が主流になっている世界の情勢を知る者からすれば、大きな変化はありません。
重症化率が比較的低いというオミクロン株の特性を踏まえ、無症状感染者の施設隔離は7日間と定められましたが、自宅に戻ってもさらに7日間の隔離が必要です(この間は一歩も外にできることはできません)。濃厚接触者も施設での7日間隔離+自宅隔離3日間。これを俗に「7+3」と呼びます。「濃厚の濃厚接触者」は自宅隔離7日間という原則ですが、この対応は自治体などによってまちまちのよう。居住地がある自治組織の「お迎え」がくれば、荷物をまとめて隔離施設に向かわなければなりません。
海外から見ると、中国のコロナ対策は非合理で非科学的、滑稽にさえ思えるかもしれません。しかし、現地では大真面目に愚直に粛々と行われているのが現実です。
よく勘違いや誤解もあるのですが、上海の大規模なロックダウンは一応解除されたものの、ゼロコロナ政策は継続していますし、ましてや新型コロナが収束したわけでもありません。感染拡大の懸念は常にあり、何らかの形で再びロックダウン措置を取らざるを得ないかもしれません。今でも3日間や7日間など期間を区切った都市封鎖(最近は「封鎖」という表現をあえて避け、「静態管理」のような言葉が用いられています。実態は同じです)が全国各地で行われています。上海でも、感染者が確認されれば立ち寄った場所、商店、マンション、オフィスなどが封鎖・隔離状態になるため、これはもう運に任せるしかありません。
世界はコロナとの共存論に動き出しています。中国も基本的には同じく共存論です。ただ、共存する相手はゼロコロナ政策。いわば「ウィズ・ゼロコロナ」状態の生活がもう少々続きそうです。