ジュース1本で割り込み会計?
以前、広東省の深センに出張した際のこと。朝9時頃、繁華街のオフィスビルの1階エントランスに人混みができ、ビルの外まではみ出している光景を見かけました。何かと思って覗いてみると、エレベーターを待つ人の長蛇の列。日本でも中国でも「高層ビルあるある」と例えられるシーンですが、このビルのエントランスはそれほど広くなく、人であふれかえってしまったようです。ビル1階にはスターバックスもあったので、最初は「深センでもカフェ人気がすごいなぁ」と呑気に思っていたのですが、全くの勘違いでした。
中国は人口14億人超を抱える大国。都市中心部ではあらゆるところで混雑が起きています。特にラッシュ時の地下鉄やバス、週末の商業モールのレストラン街、行楽シーズンの観光地などはうんざりするほどの混みよう。その中で、中国ならではの「行列事情」をいくつか挙げてみたいと思います。
まずは、スーパーのレジでの衝撃的かつスマートな列の割り込みです。十数年前、北京のとあるスーパーでの一件。レジは混雑しており、十数人ほどの列ができていました。皆、イライラしつつも忍耐強く並んでいます。もうすぐ私の番という時に、後ろから妙齢の女性が列をかき分けてスーッとレジ前まで進んできました。その際、彼女が発した言葉を忘れることができません。「私はジュース1本だから、先に会計をお願いします!」。何とも理不尽かつ大胆な主張だったため、皆あっけに取られてしまいました。私はと言うと、目の前でジュースが出されたので、条件反射的にそれを遮りました。「私の順番です」という言葉も添えて。それ以来、列に割り込まれないように必要以上に神経質になり、割り込まれた際はどのように抗議しようかと考えるようになりました。
とは言え、最近はこのような強引な割り込みはほとんど見られません。上海ディズニーリゾートは常に混雑していますが、皆マナーを守って列を作っています(当たり前のことですが)。空港のセキュリティチェックや駅のチケット売り場では、離陸・出発間際の客が「すいませんが……」と恐縮しながら列に割り込む姿をよく見ます。これはお互い様なので、大体「どうぞどうぞ」と譲られます。もっとも、列の後ろの人が「私も急いでいるんだから!」と大声で文句を言う光景も時々あります。中国では何かと自己主張が大切と気付かされる一幕です。
特別待遇で思わぬ割り込み
鉄道駅の改札ではいつも列ができています。改札は基本的に発車15分前に開きますが、それを見越して20~30分前から乗客が並び始めます。中国の列車のほとんどは全席指定(一部立席券あり)なので、早めに並んでも特にメリットはないと思われますが、「乗り遅れては大変」「車内で荷物を置く場所を確保したい」など、これまた中国ならではの動機が働くようです。実際、改札オープン時間(発車までの15分間のみ)に客をさばききれず、駅に取り残されるケースもかつてありました。
路線バスの停留場は明確な列がなく、いつもプチ混乱状態です。停車位置がアバウトになることもしばしば。自分は列の先頭で待っているはずが、バスがそのずっと手前に停まってしまい、結局他の客の後塵を拝してしまうこともよくあります。また、大都市のバス停では、小旗と笛を持った「整列おばさん」が配置されていることもあります。いわば「整列管理人」。乗客に列を作ることを促し、割り込みする不届き者は注意し、トラブルなく乗車まで持っていくという仕事人とでも言えましょうか。ただ、実際の現場ではヒマそうに立っているだけの管理人も散見されるため、「管理人を管理する監視スタッフも必要なのでは」とすら感じてしまいます。
余談ですが、この点、香港のバス停は優れていると思います。停留所の多くにはバスの系統ごとに「行列整理柵」があり、そこで乗りたいバスを待ちます。他の乗客と混乱することもなく、比較的スムーズな乗車に繋がっています。
さて、先日、上海浦東国際空港で搭乗をめぐるトラブルがありました。吉祥航空の大阪(関西)行きの便に中国人乗客が乗り遅れてしまったのです。これは仕方ないことですが、この乗客が怒ったのは「搭乗手続きに同じく“遅刻”していた日本人客は乗ることができた」という点。これを差別待遇と感じ、動画付きでSNSにアップしたところ、ネット上で抗議や不満の声が高まりました。航空会社側も意図的に日本人客を優先したわけではないと思いますが、外国人は特別待遇されやすいという中国特有の“経験則”でネットが炎上した形です。会社側は不手際の謝罪と関連スタッフの休職を発表しています。
なぜこの話を取り上げたかというと、この騒動の翌日、山東省の青島空港で似たような待遇を受けたからです。混雑していたチェックインカウンターで、私だけがなぜか空いている列に案内されたのです。航空会社スタッフが小声で「この方は外国人だから」と同僚に囁いていました。なぜ特別待遇を受けたか定かではありませんが、思わぬ「外国人割り込み」で周りから非難を浴びないか、私は気が気ではありませんでした。結局、杞憂に終わりましたが……。
ゼロコロナ政策が行われていた時は「PCR検査の陰性証明を持っていない外国人は宿泊お断り」というホテルに何回も遭遇しました。“差別”は決して許されませんが、中国ならではの様々な“区別”に翻弄されることがあるのも事実。とりあえず、マナー整列を心がけ、あとは「順其自然(成り行き任せ)」スタイルが良策のようです。