中国現地Now!

マオタイ価格が急落、株価も連れ安でプチ混乱

現地で見た“転売ヤー”のリアル


「高く買い取るよ!」――。数年前、貴州省の山奥にある遵義茅台空港に降り立った時のこと。到着ロビーで転売業者(転売ヤー)と思しき複数の男から次々と声をかけられました。いきなりの洗礼に一瞬戸惑います。


聞けば、特定のフライトでの到着客に限り、地元の高級白酒「飛天茅台(マオタイ)」を定価1499元で購入できるキャンペーン期間中ということです。手荷物受取所の脇の販売カウンターで搭乗券と引き換えに1人2本まで購入可能。飛天茅台の当時の実勢価格(末端小売価格)は3000元前後とされ、定価で手に入れられるのはかなりのレアケースです。他の旅客を見ると、列に並んで高級白酒を定価でゲットし、到着ロビーでそれをすぐに地元の“転売ヤー”に売りさばいていました。自分用や贈答用ではなく最初から転売目的で購入していたのです。


このシステムを全く知らず、販売カウンターもスルーしてしまった私は、冒頭の転売業者から「何で買わなかったの?」と問い詰められました。茅台酒の需給ひっ迫状況と白酒取引のリアルを目の当たりにし、すっかり面喰いました。


その茅台酒の価格急落が中国で話題になっています。生産年別で微妙に価格が異なりますが、飛天茅台の2023年物の参考卸売価格(実質的なディーラー中間価格)は、春先までは概ね1瓶2600~2800元程度で推移していたものの、5月頃から下落基調となり、6月に入り一時2200元を割り込みました。また、2024年物は2100元を下回ったこともありました。


改めて茅台酒の一般的な価格体系を以下にまとめておきます。


【マオタイ価格体系】(飛天茅台53度500mタイプ)

◆工場出荷価格(出廠価):1169元(推定)

※23年11月に969元から約20%引き上げ

◆希望小売価格(指導零售価):1499元

※18年以降据え置き

◆ディーラー中間価格:2200-2300元前後(随時変動あり)

◆市場価格:2700-2800元前後(随時変動あり)



ディーラーは赤字も覚悟


今回の茅台酒価格の下落の背景としては以下の点が考えられます。


①ネット通販の「618セール」でEC各社(特に京東)が販促を強化し、価格下落圧力が働きやすかった(これは例年同様)

②元々、夏場は白酒の淡期(シーズンオフ)

③消費マインドの後退(リオープン不発、節約志向の高まり、接待需要減など)

④小売価格下落⇒株価連れ安⇒価格さらに弱含み、という負のスパイラル(心理的要因大)

⑤この状況下で、「相変わらず偽物が多い」「在庫が増えている」などのネガティブニュース(新しみはない)が増え、価格の下押し圧力がさらに強まった


ディーラーは様々な手を使って茅台酒を仕入れますが、冒頭の転売業者のように「一般客から安く買い取って高く売る」ことで利ザヤを稼ぐタイプもかなり多いと思われます。ところが、市場価格が仕入価格を下回る水準となり、赤字覚悟で在庫売却に動く者も多かったようです。また、仕入そのものを取り止めたという話も出ています。現地報道によると、とあるディーラーは「今日、1800元で仕入れたとしても、すぐに売っちゃうよ!」と語っていたそうです。これ以上の値下がりが怖く、利幅を確保しておきたいという意図なのでしょう。これまでは、価格はまだまだ上がるから在庫として置いておく、いわば「奇貨居くべし」のようなムードもありましたが、様相が一変しています。


一方、酒を造る側の貴州茅台酒(600519)は、当然のことながら市場価格には関与していません。とは言え、価格下落はイメージが芳しくないため、市場へ卸す量を減らして市場の需給バランス改善を狙っているようです。


そして、貴州茅台酒の株価も右肩下がりです。5月7日に年初来高値1741元を付けていましたが、それからわずか1カ月半で1414元(6/24安値)まで約18.8%下落しました。同社は中国A株市場で時価総額最大を誇っていましたが、6月21日に中国工商銀行(601398)に約4年ぶりに抜かれました(同日の貴州茅台酒の時価総額は1兆8478億元、中国工商銀行は1兆8507億元)。また、貴州茅台酒は6月10日の週の株価下落により「青島ビール(600600)1社分の時価総額を失った!」とセンセーショナルに伝えるメディアも出ているほどです。


中国現地では茅台酒のブランド力やネームバリューは圧倒的。その流通状況や価格推移は「中国経済の晴雨表」とも例えられ、景気動向を占う上での指標になることすらあります。本来、市場価格と製造企業(貴州茅台酒)の業績は必ずしも一致しないのですが、茅台酒の価格が下がると株価も連れ安しやすい、ということが今回改めて示された形です。


価格はやや下がり過ぎなので、これ以上の下落はないと見る向きが大勢を占めますが、どうなるかまだ予断を許しません。次の繁忙期は9月の中秋節や10月の国慶節などの連休シーズン。結婚式などの宴会も増える時期なので、少々先ですが「白酒商戦」の行方を見守っていきましょう。


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東洋証券株式会社 上海駐在員事務所 所長

奥山 要一郎

東洋証券株式会社 上海駐在員事務所 所長 上智大学外国語学部イスパニア語学科卒。通信社、コンサルティングファームを経て、2007年東洋証券入社。本社シニアストラテジストを務め、2015年より現職。中国現地で株式動向のウォッチや上場企業取材などを行い、中国株情報の発信・レポート執筆を手がける。

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