いい意味で期待を裏切られた
先日、中国版新幹線「高速鉄道」で初めて「クワイエット・カー」を利用しました。その名の通り、静かな空間・環境が保たれる車両。中国語では「静音車廂」と言います。
かつては日本の新幹線の一部でも「サイレンス・カー」という名で運用され、車内放送や車内販売の声掛けもないという設定でした(すでに廃止)。ビジネス客に一定の人気があったようです。中国の場合は、車内放送はありますが、日本同様に車内販売の声掛けは聞こえてきませんでした。売り子の方は無言で通り過ぎるだけ。いつもは賑やかな車内が静まり返っていることに違和感を覚えたほどです。
クワイエット・カーは現在、基幹路線(北京~上海など)の一部列車で導入されています。中国鉄路の専用アプリで予約する際は、まずはクワイエット・カーが連結されていることを示す「静」マークがついた列車を探します。その後、「クワイエット・カーを希望する」との項をチェックし、空きがあれば優先的に座席があてがわれます。
車内の座席背もたれカバーには「静」の文字が見られます。各座席には注意事項が書かれたパンフレットがありました。主な内容は以下の各点です。
◇携帯・スマートフォン(スマホ)は消音もしくはマナーモードに設定してください
◇電話での通話やお客様同士の会話はデッキでお願いします
◇電子機器の使用時はイヤホンを使うか消音にしてください
ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、中国の公共交通機関における乗客の自由度はかなり高いです。大声での電話、スマホ動画の爆音視聴、時には飲食やごみのポイ捨て(一応、禁止されてはいるのですが……)、などなど。昨今はマナーがだいぶ改善し、ゼロコロナ政策の時には「乗車時はマスク着用義務」「お喋り厳禁」などのルールすらありましたが、いずれにせよ日本と比べてかなり“ユルい”のは事実です。
これらの実情を知っているため、高速鉄道のクワイエット・カーも結局は看板倒れになるのでは、と正直思っていました。ところが、実際に乗ってみたところ、いい意味で期待を裏切られました。当たり前ですが、本当に静かだったのです。
徹底した注意喚起、唯一の盲点は……
列車が発車すると間もなく、女性パーサー(旅客係)が各座席を回り、「この車両はクワイエット・カーですのでご協力お願いします」と静かな声で呼びかけていました。前述の注意事項も丁寧に伝えています。途中駅からの乗客にも一人ひとり同じように声掛けしていました。発車直後はスマホで電話したり動画を見たりする客がおり、中国のいつもの光景が見られましたが、パーサーの呼びかけと共に車内がほどなく静かになったのは意外でした。
近くの席で中年夫婦がお喋りを始めたときのこと。それに気付いたパーサーがすぐに飛んで来て、「お客様、座席でのお喋りはご遠慮願います」と小声で注意していました。スマホ通話をしてしまった乗客にも同じような注意が入りました。全ては静寂な車両のため。徹底しています。
興味深かったのは、お喋りで注意されたこの夫婦です。1回目の注意では「はいはい。分かりました」と静かに従ったのですが、2回目の時は「予約時にクワイエット・カーを選んだわけではないのに、この車両に当たってしまった」「他に喋っている人もいるだろう」と若干言い訳がましく食い下がっていました。もちろんパーサーはやんわりと諭します。その後も2人は時々、小声で話していたのですが、パーサーが見回りに来ると会話をいったんストップ。パーサーが通り過ぎると、また小声でお喋りを再開していました。まるで先生の巡回を気にする生徒のよう。ルールは作るだけではなく守らせなければ意味がない、という中国の鉄則を改めて感じました。
最近、中国では音に敏感な人が増えている気がします。先日、中国の国内線フライトの着陸時アナウンスで「着陸後、機内でスマホは使用できますが、通話はご遠慮ください」との一言が入った時、私は驚きを通り越して感動してしまいました。ここまで配慮するようになったのか……(守る守らないはまた別の問題で、個人に委ねられますが)。また、以前は高速鉄道の車内でイヤホンなしで動画鑑賞する人が多く、アクション映画の音が複数聞こえてきて「あっちでバキューン、こっちでドキューン」状態だったのですが、これも幾分減ってきました。あまりにもうるさい時は、他の乗客から「音量下げてくださーい」と注意が入る場面にも遭遇しました。若者を中心にワイヤレスイヤホンを使用する人が増えたという事情もあるのかもしれません。
ただ、止められないものもあります。その一つがいびき。私が乗ったクワイエット・カーでは、後方に座る男性のやや大きないびき声が聞こえてきました。周りが静かなので、いつもより大きく車内に響き渡ります。静かで居心地の良いクワイエット・カーで唯一残念な出来事でしたが……こればかりは仕方ないです。誰も注意できず、気持ちよさそうに眠る男性が起きるのを待つしかありませんでした。