水産物全体を忌避する中国人
「中国人客がゼロになってしまいました」――。上海で日本料理店を営む日本人の方からこんな嘆きの声を聞きました。水産物や魚への警戒感が急に高まっている中国。当分の間は中国人の食事情に影響を与えそうです。
福島第一原子力発電所において発生した放射性物質が含まれる汚染水を、国の規制基準以下まで浄化処理した水、いわゆる「ALPS処理水」の放出が中国で大きな話題になっています。日本でもネットやニュース、ワイドショーなどを通じて中国の状況が伝えられていますが、現地に住んでいても一種異様な雰囲気がうかがえます。とは言っても、“主戦場”はネット内なので、街中で不穏な空気が感じられるほどではありません。在留邦人の様子がやや静かになった気はしますが……。
冒頭の日本料理店は、上海でも人気の寿司屋です。日本人の大将が仕入れる新鮮な魚と寿司はまさに本格派。地元の人の間でも評判で、知る人ぞ知るグルメの店です。普段は客層の7~8割が中国人客で、予約で一杯になることも多いです。
ところが、私が訪れた8月末の某日は、予約なしでも入ることができました。それほど広くはない店を見渡すと、中国人客はゼロ。日本人と若干の欧米人がいるだけで、満席でもありません。大将曰く、「日本というよりは、水産物全体を避けているのでは」。日本産水産物はすでに輸入が禁止されているので、市場には流通していませんが、そのあおりでしょうか、魚や水産物全体を忌避する傾向が見て取れるのです。「日本産だから」「中国産だから」というわけではなく、とにかく魚を避けておこうという雰囲気が感じられます。
この状況がどこまで続くかはなかなか読めません。中国の場合、何らかの出来事でムードがガラリと変わるので、知らないうちにまた水産物を普通に食べるようになっているかもしれません。
スラダン人気の後押しで意外な盛り上がり
さて、中国現地の方から、日本料理店についての興味深い話も聞きました。日本料理は中国でも人気ですが、味はもちろん、サービスや店の雰囲気を楽しむのが目的です。ただ、特別な料理と見なされ、「今日は日本料理に行くぞ!」と意気込んでいく人も多いと聞きました。「今日は火鍋でも行くか」という態度とは全く異なります。
なぜ意気込んで行くかというと、高級で見た目も豪華な日本料理を食べ、それをスマホで写真に撮り、SNS上にアップするまでが一連の行為だからです。目的はズバリ、「炫富(シュエンフー=見せびらかすこと)」。そういえば、刺身の豪華盛りや鮮やかな盛り付けの天ぷら、脂ののった鰻、美味しく焼かれたサイコロステーキ(日本料理でしょうか?)などの写真を若者がアップする光景をよく見ます。
ただ、今、日本料理を食べに行ってそのような行動をするとどうなるでしょうか。残念ながら、「なぜこのタイミングで日本料理なの?」「愛国者らしく振る舞え!」などと叩かれてしまう可能性が大いにあります。よって、日本料理そのものを避けることに加え、「SNSにアップできないなら行く意味がない」という心理も働いているようです。
北京にある日本大使館からは、「外出する際には、不必要に日本語を大きな声で話さないなど、慎重な言動を心がける」「万が一抗議活動等の場に遭遇した場合には決して近づかないようにし、その様子をスマートフォン等で撮影する等の行為も行わない」などの注意喚起がなされています。それほどピリピリした状況ではないですが、大使館からこのような通知が出されると嫌でも気にしてしまいます。
一方、ALPS処理水の放出をやや極端に非難するコンテンツが多かったショート動画アプリ。その中で8月末頃、意外な変化を感じました。バスケW杯(FIBAバスケットボールワールドカップ2023)における日本チームの躍動ぶりを称える動画がじわり増えてきたのです。
8月27日のフィンランド戦、同31日のベネズエラ戦でいずれも大逆転で勝利を収めた日本チーム。その様子を編集し、中国でも大人気の「スラムダンク」のテーマソングを添えた動画がプチバズリしました。コメント欄には素直に応援する声のほか、「なんであんなに小さいプレーヤーばかりで勝ってしまうんだ!?」「日本は嫌いだけど、この戦いぶりは称賛されるべき」という微妙なものまでありましたが、いずれにせよ「水問題」一色だったネット界隈で思わぬ展開となりました。
これにより、日中間のいざこざを水に流す……とは簡単にはいきませんが、少なくとも「中和」された形です。昨年のサッカーW杯でも日本チームを応援する中国の若者の姿が話題になりました。こんな時だからこそ、両国間が歩み寄るきっかけを探していきたいものです。