コンサート需要が地域を潤す
「この夏、成都には行かない方がいいよ!」――。旧知の中国人からこう言われたのは今年7月のこと。一瞬、何のことか分かりませんでしたが、ニュースで話題になっていたスポーツイベントを思い出しました。「学生のオリンピック」とも言われる「FISUワールドユニバーシティゲームズ」が成都で開催されたのです。本来は2021年に行われる予定でしたが、新型コロナ禍やゼロコロナ政策の影響で2回延期となり、やっと開催にこぎつけました。
7月28日から8月8日までの日程は、ちょうど夏休みシーズンに当たり、しかも成都は人気観光地ということで、現地は大勢の人で賑わいました。それに合わせてホテル価格も高騰し、普段は1泊300元ほどで泊まれるエコノミーホテルは2~3倍程度まで値上がりしたということです。
もう一つ、この夏に盛り上がったのは西安です。こちらも中国屈指の人気観光地ですが、今年の目玉は3人組男性アイドルグループ「TFBOYS」の大型イベント。中国初の“国産”少年アイドルグループとされる彼らが、結成10周年を記念してコンサートを行ったのです。
開催前から超が付くほどの盛り上がりを見せていたこのイベント。エンタメ情報発信やチケット手配を手がける「大麦網」のアンケートによると、コンサートを「見たい」とするユーザーがなんと678万人にも膨れ上がりました。会場の西安奥体中心(陸上競技場)の収容人員は6万人でしたが、チケットを入手できなかった同じくらいの数のファンが周辺に集まり、いわゆる“内外観客数”は計11万8000人に上ったとのことです。
このイベント需要が現地の消費をけん引しました。コンサート前後の8月6日から7日にかけて、西安の宿泊施設のネット予約件数は前年同期比で738%増加。前週末比でも3倍になりました。興行収入は3567万元(約7億1000万円)に上り、さらには同市の観光収入を4億1600万元(約83億2000万円)押し上げたそう。観光客全体で見ると、西安がある陝西省以外から来た人が全体の81%を占め、鉄道や航空業界にも小さくない恩恵がもたらされたことでしょう。
イベント熱は経済を刺激するか
中国政府もイベント熱を利用した消費振興策を打ち出しています。7月31日に公表された「消費の回復と拡大に向けた措置」(中国国家発展改革委員会)の中には、「文化・娯楽・スポーツイベントの消費を促す」との文言が盛り込まれました。具体的には、音楽祭、アニメ・ゲームイベント、コンサートに加え、スポーツ大会、博覧会、ショッピングフェスティバルなど各種イベントの開催促進がうたわれています。つまりは、人が集まる大型イベントを積極的に行い、市民にカネを回してもらおうというのが大きな狙い。それで消費が押し上げられれば万々歳という流れでしょう。
この計画がうまく行くかどうかは分かりませんが、少なくとも音楽イベントやコンサート自体は政策とは関係なく盛り上がっています。中国演出業界協会がまとめた「2023上半期全国演出市場簡報」によると、今年上半期に各種文化公演が19万3300回行われ、興行収入は167億9300万元に上ったとのことです。観客数は延べ6223万人で、前年同期の10倍超になりました。興行収入の約9割以上が音楽関係のイベントと推定され、そのうちコンサート収入が8割弱になるとされます。
台湾の人気バンドである「五月天」は5月末から6月初旬にかけて北京でコンサートを6回行いました。会場となった北京国家体育場(通称:鳥の巣)には延べ50万人超の観客が訪れたそう。美団(メイトゥアン)のデータによると、この期間中、北京全体の宿泊予約数は“コロナ前”の19年比で約300%増となりました。会場の「鳥の巣」の周囲5キロに限るとなんと2400%増ということです。台湾の超人気歌手、周杰倫が海南省海口で6月末から7月にかけて行った4回のコンサートでは15万5000人を動員し、現地の旅行関連消費を9億8000万元押し上げたとも伝えられました。
ヒトが動けばおカネも動く。不動産市場の低迷や人民元安、景気の先行き不安など、ネガティブなニュースが多い中国は、市民の消費マインドは身近なところから戻り始めているようです。経済全体を支えるのには十分ではないかもしれませんが、コンサートなどのイベント消費の行方に引き続き注目して行きたいです。