コロナ禍で生活一変、残った住宅ローンは25年分
最近、日本から中国はどのように見えているでしょうか。新聞や雑誌、ネットニュースなどでは、景気の伸び悩み、デフレ懸念、少子高齢化や失業率上昇などの社会問題、米中関係の緊張や台湾有事など、ネガティブな点が多く伝えられていると思います。それでも、当然のことながら、中国現地では市民が毎日動き、お金が回り、ごくごく普通の生活が繰り広げられています。今回は、私が最近出会った現地市民のリアルボイスから「中国のいま」を探ってみます。
先週、旅行先の河北省邯鄲で出会った男性(40代)。私がオーダーしたライドシェアの運転手で、目的地までの数十分間、様々な話をしました。彼は元々、現地のタイヤ工場で働いており、月給は5000元ほどでした。必ずしも多くはありませんが、市中心部から車で数十分のところに住んでおり、現地の物価に鑑みればまずまずとのこと。2019年には遅ればせながら待望のマイホームを購入しました。
ところがコロナ禍が状況を一変させます。取引先からの注文が急に入らなくなり、仕事が激減。給与遅配も頻繁に発生し、上司を問い詰めてもなしのつぶてだったようです。そのうち会社は開店休業状態に陥りました。賃金未払い問題の解決に向けて他の従業員と共に訴訟に持ち込もうとしましたが、経営者がほぼ夜逃げ状態でつかまらず、埒があきません。結局、泣き寝入りするしかありませんでした。
彼は車中でこれらの経緯を淡々と話していましたが、そこからは吹っ切れたように「だから今はドライバーをやっているんだ!」と前向きなトーンに変わりました。「住宅ローンの支払いは毎月3700元。25年ローンだからつらいよ」「購入時の金利は5%超。今は4.2%まで下がっているのに!」「息子は高校生。大学に進学して、卒業後は良い仕事先を見つけてもらいたい。できれば国有企業」など時々ユーモアを交えて実情を打ち明けてくれました。
ライドシェアの仕事は、稼げる時は1日300元ほどとのこと。そこからガソリン代やプラットフォームへの支払いなどが引かれるので、手元に残るのは半分の150元くらいでしょうか。それでも彼に悲壮感はなく、生活のためには何でもやらなければならないというポジティブな姿勢が伝わってきました。
「肝っ玉母さん」は念願のマンション購入
次は山東省出身の女性(30代)。私が上海で通う足つぼマッサージ店の技師で、いつもたわいない話をしています。彼女は2人の子供を持つシングルマザー。彼らを故郷の臨沂市に残し(妹さんに預かってもらっているそうです)、自分は上海で出稼ぎ生活を送っています。
その彼女の最近のビッグニュースは、なんと新築マンションを購入したこと! 故郷で買った100平米の部屋は、1平米当たり約1万元程度。諸経費を含め、総額117万元の大きな買い物です。購入資金はというと、家族や親戚からの援助がほとんどで、一部は利子付きで借り入れました。借入額は20万元程度で、「これからの2年間、一生懸命働いて完済する!」と意気込んでいます。月給は1万数千元なので、あながち無理な計画もありません。
故郷の臨沂市は人口1000万人超を有しています。マンション価格は、市中心部にほど近い所でも数年前は7000~8000元程度でした。しかし、2022年に二線級都市(中国全土で30都市)に認定されたことで今では1万元まで上昇。彼女は「もっと早く買っておけばよかった」と悔やんでいました。さらには、今夏の購入時は総額117万元だったのが、今は10万元値引きされているそう。なかなか売れないため、デベロッパー側で値下げ合戦が始まったようです。こればかりはタイミングなので何とも言えませんが、損した気分ももちろんあるようでした。
なお、本人は上海で働いているため、購入物件は月1500元で賃貸に出しています。100平米で1500元ですから、上海から見るとかなり割安。交通事情も含め、どのような物件かは分かりませんが、大都市、中小都市、地方部、農村部などで相場はかなり異なります。ちなみに、臨沂では工場働きで月給3000~4000元程度と言っていました。
最後は上海で知り合った地元の男性(50代)。彼の目下の悩みは、大学を卒業したばかりの1人息子です。景気の冷え込みもあり就職活動が思うように進まず、希望の職が見つからなかたっとのこと。そんな彼は現在、フードデリバリーの配送スタッフとして毎日バイクで街を駆け巡っています。収入は月1万元を超えるものの、ギグワーカーによくあるように社会保険などは自己払い。自分に適した仕事が見つかるまでの「つなぎのバイト」感覚ですが、いつ安定した職に就けるかは分かりません。父親曰く「ここまで息子に“投資”してきたのに……」。「子供に投資」と言うと聞こえが悪いかもしれませんが、中国では子供の輝かしい未来のために多額の教育費を投じることは当たり前なので、それを「先行投資」と呼ぶ人も結構います。
そういえば、フードデリバリーのスタッフに地元の若者が増えてきた感がします。これまでは「地方部出身の出稼ぎ労働者」が多いイメージでしたが、最近は様変わりしてきました。
先日、家に弁当を届けてくれた若い配送スタッフ。私が日本人だと分かると「すいません……。日本留学の良い方法を教えてくれますか?」と聞いてきました。一瞬、面食らってしまいましたが、よくよく話を聞くと、「安定した職に就けない」「給料も少ない」「知人が日本に留学している」などの諸事情を打ち明けて、それだったら自分も海外に出たい、という思いを強くしているよう。昨年頃から話題になった「潤」というキーワード。中国語の発音は「run(ルン)」で、これを英語の「run」と紐づけて「海外へ逃げて潤う」という意味を持ちました。さらに「学」を付けて「潤学」とすると「国外脱出留学」とでもなりましょうか。脱出と言うと少々大袈裟ですが、より良い生活を求めて、或いは人生の突破口を探しての決断と捉えられます。
私の数少ない知り合いのリアルボイスだけで中国の全てを語ることはできません。ただ、ニュース一つだけで中国を判断することが難しいのも事実。様々な市民の事情をコツコツ探ることによって、「中国のいま」を少しずつ理解していくことも重要でしょう。