自由な露店、今は昔
「上海で屋台が復活する」――。先日、こんなニュースがネット上で話題になりました。9月22日に改正された「上海市市容環境衛生管理条例」で、屋台営業が条件付きながら認められたのです。これまでの全面禁止からだいぶ緩和されることになります。
中国では近年、都市環境や景観に悪影響を及ぼすとして屋台や露店の取り締まりが厳しくなっています。飲食系の店は、「早い・ウマい・安い」の三拍子が揃い庶民の味方ですが、やむを得ず撤退するケースや再開発による立ち退きも増えてきました。政府は商業モールなどへの移転を求めていますが、当然ながら賃料負担が重くのしかかってきます。
地方都市に行けば、今でも屋台ストリートやゲリラ的なリヤカー式露店、あるいは地下道や歩道橋で風呂敷を広げただけの即席小店舗などを多く見ることができます。飲食はもちろん、衣類、雑貨、電子製品、怪しげなDVDなど様々な品を売っており、中国経済を下支えするアングラ的な存在でもありました。
上海も2000年代初頭までは屋台経済が大いに盛り上がっていた記憶があります。私のお気に入りは小ぶりな鍋貼(焼きギョーザ)。十数年前、上海の金融街で働いていた時、オフィスビル前の露店でよく食べていたものです。数個(100グラムほど)で50円もしない格安ギョーザ。これと豆乳が朝食の定番でした。半年後、私の体重は5キロ以上増えてしまったのですが……。
上海市中心部にある呉江路。かつては様々な屋台が並ぶ美食ストリートとして有名でした。しかし、2010年の上海万博を前に、リニューアルという名目で閉鎖。今は小綺麗な飲食街に変貌しましたが、味気のないチェーン店が並ぶだけで魅力が半減したと感じるのは私だけではないでしょう。古北エリアにある茅台路界隈も隠れた美食街として知られていましたが、ここも寂れてしまいました。半露店のような食堂があったスペースはコンクリートで塗り固められ、通りに面した壁には政府の愛国スローガンが書かれていたこともありました。
フライング気味に焼き芋の屋台が登場
ここに来て上海の屋台規制が緩和に向かっている背景には何があるのでしょうか。はっきりとは分かりませんが、今年4月と5月の約2カ月にわたる厳しい都市封鎖(ロックダウン)を経て経済の落ち込みが顕著になってきたため、それを補う狙いがあるのかもしれません。経済をどれだけ押し上げるかは微妙なところですが、少なくとも街に活気が戻ってくることは確かでしょう。
思い返せば、中国が新型コロナウイルスの感染拡大から立ち直ろうとしていた2020年5月頃、屋台の存在感が再注目されていました。「屋台経済は中国の生命力だ」――。ワイシャツ姿の李克強首相が、山東省煙台を視察中にこう強調していたものです。屋台経済と小規模店舗経済は重要な雇用の源とも指摘。中国語で「地攤(ディータン)」と呼ばれる露店ビジネスの話題が急に盛り上がってきました。これを受け、上海でも一時的に「屋台が解禁か?」との期待が高まり、「管理された屋台街」(マルシェやフリーマーケットのようなイメージ)が登場しましたが、ブレイクするまでには至らなかった気がします。そもそも、かつての自由な屋台や露店は禁止されたままだったので、中途半端な状況でした。
今回はどうなるでしょうか。屋台規制が緩和される冒頭の条例が発効するのは12月1日ですが、9月下旬時点ですでに街で即席屋台を見かけることが多くなってきました。フライング気味で出店しているようで、このバイタリティーにはいつも驚かされます。ある通りには、焼き芋の香りが漂い、新鮮な果物を売る店が登場し、食器などの生活雑貨を積んだリヤカーが走ったりしています。
デジタル経済、AI、ビッグデータ、5Gなどの次世代産業がもてはやされる中、景気浮揚策の最後の切り札的に浮上したのが屋台とは、いかにも中国らしいと言えましょうか。中国経済の救世主(?)になるかもしれない屋台にこれからも注目していきたいと思います。