中国株の銘柄選び

香港市場の主要銘柄:JDドットコム(1) 中国のネット通販大手、分かれ道となった20年前のSARS

世界7位の規模を誇る香港市場。香港市場には中国を代表するIT企業など、数多くの魅力的な銘柄が上場しています。これまでテンセント(00700)、アリババ集団(09988)、中国建設銀行(00939)、チャイナ・モバイル(00941)、美団(03690)、HSBC(00005)、AIAグループ(01299)の7銘柄を紹介してきました。今回は時価総額8位のJDドットコム(09618)を紹介します。 



中国のネット通販大手、売上高ベースでは中国最大



JDドットコム(京東集団:09618)は現会長である劉強東氏が1998年に北京・中関村で創業した中国最大規模のネット通販会社です。事業の中核はBtoC(消費者向け)ネット通販サイトの「京東(JD.com)」で、自社で商品を仕入れて在庫を持つ直販型を中心に、モール型も展開しています。米国のアマゾン・ドット・コムに近いビジネスモデルと言えます。


業態が近いためアリババ集団(09988)とよく比較され、お互いにライバル関係にあります。流通取引総額(GMV)ベースではモール型中心のアリババ集団に次ぐ中国2位に甘んじていますが、直販型が中心であるため売上高ベースでは中国最大の小売企業となっています。


傘下にオンライン医薬品小売りの京東健康(06618)、物流子会社の京東物流(02618)のほか、ナスダック上場で即時配送プラットフォームを手掛ける達達(DADA)などを抱え、独自の物流ネットワークを整備しているのが強みとなっています。



創業者の劉強東氏、学生時代に食堂運営で起業するも大失敗


JDドットコムは現会長の劉強東氏が24歳のときに設立した会社です。劉氏は江蘇省宿遷の貧しい農村出身で1992年に中国の名門・中国人民大学(北京市)に合格します。合格を喜んだ家族や親戚、友人、そして村中の人々がお金を出し合い、現金500元と卵76個を持たせてくれたといいます。非常に貧しい地域だったため、村民が出せるお金は1人0.02-0.05元程度だったそうですが、劉氏の大学合格は村にとっても大変名誉なことだったようです。劉氏は村人たちの期待を一身に背負って北京へと旅立ちます。


大学では生活資金を稼ぐためにさまざまなアルバイトをします。大学4年のときにはアルバイトで貯めたお金で学校前にあった食堂を買い取ります。劉氏にとってこれが最初の起業となります。経営ノウハウをマニュアル化し、将来的にはマクドナルドやケンタッキーのような全国チェーンに育てようと大きな希望を持って起業しますが、従業員の着服で事業は大失敗します。アルバイトで貯めた大事なお金をすべて失い、劉氏はこの失敗で起業の難しさを学びます。


1998年に前身の京東多媒体を創業、光ディスク販売からスタート


劉氏は卒業後、日系企業でアルバイトをして、再挑戦に向けてお金を蓄えていきます。日系企業といっても、磁器治療器や健康寝具を販売するマルチ商法の怪しい会社でした。


そして1998年、借金を返済して残った1万2000元の資金を元手に、北京のシリコンバレーと呼ばれる中関村のビル2階フロアの一角を借り、JDドットコムの前身となる京東多媒体(JDマルチメディア)を設立します。


社名は自分の名前と創業を手伝った初恋の相手の名前から一文字ずつ取って名付けられました。わずか4平方メートルほどの広さのカウンターだけの個人商店で、主にCD-Rドライブや光ディスクなどの販売から事業を開始。家賃を支払い、宣伝広告を印刷し、パソコンなど開業に必要なものを揃えると、手元には400元しか残らなかったそうです。

 

写真は京東多媒体の売り場の様子 出所:鳳凰週刊


2003年のSARSをきっかけにオンライン事業に転換


最初は小さな店舗でしたが、その後にパソコン周辺機器なども取り扱うようになり、事業は拡大していきます。写真スタジオ向けに、結婚式の様子を記録したアナログデータをVCD(ビデオCD)に焼き直すサービスで大きな成功を収めます。パソコンの使い方を教えたり、パソコンを自らカスタマイズして販売したりもしました。店舗数は12店に増え、最盛期には1カ月に3店舗もオープン。北京を飛び出し、遼寧省瀋陽にも進出を果たします。当時家電量販店のチェーン展開で成功していた「国美電器(現国美零售:00493)」を目標とし、電子製品業界の「国美」を目指します。


写真は当初目標にした家電量販店の国美電器


しかし、2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行で人々が外出を控えたことで状況は一変。劉氏は従業員の感染リスクを考慮して自宅待機を命じます。SARSが終息しなければ数カ月で資金が底をつく危機に直面します。判断を迫られた劉氏は全店舗の閉鎖を決断。オフラインの実店舗販売を諦め、オンライン販売を中心とした事業に戦略を大転換したのです。ここからJDドットコムのネット通販(EC)事業が始まります。


もし20年前にSARSの流行がなければ、いまのJDドットコムはなかったかもしれません。ちなみに、劉氏が当初目標とした家電量販店の国美は、ネット通販市場の拡大や新型コロナ禍による業績不振で存続の危機に立たされています。JDドットコムにとって、2003年のSARSが運命の大きな分かれ道だったと言えます。


次回もJDドットコムの続きです。お楽しみに。


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中国株情報部 部長兼編集長

池ヶ谷 典志

立命館大学卒業後、1997年に北京の首都経済貿易大学に留学。 北京では中国国有の大手新聞社などに勤務し、中国の政治、経済、社会記事などを幅広く執筆。 帰国後の2004年にT&Cトランスリンク(現DZHフィナンシャルリサーチ)入社。 現地での豊富な経験や人脈を生かして積極的に中国企業や政府機関などへの取材を行ない、中国企業の調査・分析を行なっている。

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