中国株の銘柄選び

香港市場の主要銘柄:農夫山泉(3) 新参者のとった驚きの戦略とは!?訴訟に敗れて市場を奪う

中国株への投資を始めてみたいけど、どんな銘柄に投資していいか分からない。そんな場合は、香港市場を代表する株価指数であるハンセン指数の構成銘柄の中から探してみるのが基本中の基本。ハンセン指数に選ばれる銘柄の中には、世界的な大企業もあれば、個性的で魅力的な銘柄もたくさん集まっています。このシリーズでは、香港市場の主要銘柄をハンセン指数の構成銘柄の中から選んで紹介していきます。


▼参考

中国株の銘柄選び 中国株ビギナーがまず選ぶのはこれ!ハンセン指数は基本中の基本


飲料水業界に参入、農夫山泉は少し甘い?


飲料水業界に参入した鍾氏でしたが、この当時、すでに「楽百氏」と「娃哈哈」が二強として国内市場に君臨していました。この2社の牙城に割って入るのは生やさしいことではありません。後発組として、鍾氏はどのような戦いを挑んだのでしょうか。


鍾氏が取り組んだのは、まず良質な水源の確保、そしてテレビCMを活用した広告戦略です。水源としては、まず浙江省杭州市の淳安県と建徳市にまたがる人造湖「千島湖」を確保します。千島湖の水は非常に澄んでいて、水質が非常に良好なことから、「天下第一の秀水」とも呼ばれていました。綿密な取水計画を当局に提出し、当局から深層湖水の取水ライセンスを取得します。


浙江千島湖は「天下第一の秀水」と称される 出所:農夫山泉HP


農夫山泉はほかにも全国に水源を確保していきます。広東万緑湖、湖北丹江口、新疆天山瑪納斯(マナス)、四川峨嵋山、陝西太白山、吉林長白山、貴州武陵山、黒龍江大興安嶺、河北霧霊山、福建武夷山、広西大明山――。地名を見ただけで、風光明媚な景色が頭に思い浮かびます。


農夫山泉が保有する水源 出所:農夫山泉HP


広告では、中国人なら誰でも知っている「農夫山泉有点甜(農夫山泉は少し甘い)」というキャッチコピーを前面に押し出します。鍾氏が上海を市場調査した際、モニターとなった子供が農夫山泉の水を飲んだ直後に発した言葉から考えたといいます。本当に甘いかは別にして、消費者の印象に残りやすい言葉です。 


「農夫山泉は少し甘い」のキャッチコピー 出所:CBNData消費站


いきなり業界全体を敵に回す


当時の中国では水道水などをろ過・殺菌処理をして不純物を取り除いた「純浄水(精製水)」が中心でしたが、鍾氏は思い切って、ろ過や殺菌処理以外の処理をしない「天然水(ナチュラルウオーター)だけを売る」という戦略を採用します。「水を生産しない大自然の運搬者」というキャッチコピーも展開。「大自然の生態系を守り、その大自然のもたらす恵みを人々に届ける」というミッションを掲げたのです。そして、消費者に対して「(自然ではない)精製水を長期に飲用すると人体に悪影響を与える」と警告したのです。精製水を中心とした既存の飲料水業界のゲームチェンジを図ります。


この警告はメディアで大きく報じられ、社会に大きな不安と衝撃を与えます。この警告に対して、精製水を販売していた多くの飲用水メーカーが大反発。とりわけ、代理販売問題で仲が悪かった娃哈哈の宗慶後会長は、自分たちが売っている商品にケチをつけられて怒り心頭です。農夫山泉の行為は不正競争防止法違反だとして、飲料水メーカー69社が農夫山泉を提訴。業界全体を巻き込んだ大騒動に発展します。


これに対し、農夫山泉は、動物のマウスや植物のスイセンなどを使って精製水と天然水の比較実験を実施。精製水だけを与えたマウスはやがて死に、スイセンの成長はやがて止まります。極端な実験ではありますが、飲料水に含まれるミネラル分が動植物の成長にとって非常に重要であることを、メディアを通じて必死にアピールします。


スイセンの球根を使った比較実験 出所:我想給農夫山泉的広告下跪


訴訟では最終的に農夫山泉が敗れます。多額の賠償金を支払うことになりましたが、この事件をきっかけに健康を意識する人が増え、逆に農夫山泉の飲料水市場におけるシェアは拡大。この戦いでは、訴訟には負けた農夫山泉が実質的な勝者となります。


ライバルたちともう少しうまく付き合っていく方法もあったと思いますが、正しいと考えた道を突き進む鍾氏の性格がそうはさせなかったのです。業界に多くの敵を作ることになりましたが、農夫山泉にとっては、消費者の健康を第一に考えた選択でもありました。


次回も農夫山泉の続きです。お楽しみに。


まとめ:今回紹介した香港市場の主要銘柄


今回紹介した銘柄は、2020年に香港証券取引所のメインボードに上場したボトル入り飲料水最大手の農夫山泉(09633)です。


【ボトル入り飲料水の中国最大手】「農夫山泉」ブランドでボトル入りのナチュラルミネラルウオーターの製造・販売を手掛ける。中国市場で長年にわたってシェアトップを維持。新疆ウイグル自治区や黒龍江省、浙江省、河北省、湖北省、四川省など全国12カ所に湧き水や深層水の水源を持ち、水源の近くに工場を保有する。茶飲料「東方樹葉」、機能性飲料「維他命水」、果汁飲料「農夫果園」なども生産。これら3種でもシェア上位。

この連載の一覧
二季報を使った銘柄選び(29) 業種から銘柄を見つけてみよう、中国株二季報では全銘柄を32の業種に区分
二季報を使った銘柄選び(28) 銘柄を探すに当たって銘柄コードのルールくらいは知っておこう
二季報を使った銘柄選び(27) 個別銘柄ページの構成を知って二季報を使いこなそう
香港市場の主要銘柄:中国蒙牛乳業(7) 積極的な提携と買収で事業領域を拡大、再びトップに立つ日は来るか?
香港市場の主要銘柄:中国蒙牛乳業(6) メラミン事件後は再び追う立場に、広告を巡り激しいバトル
香港市場の主要銘柄:中国蒙牛乳業(5) 業界を揺るがした08年のメラミン事件、巨額の赤字で経営危機に
香港市場の主要銘柄:中国蒙牛乳業(4) 蒙牛の快進撃続く、積極的な広告戦略で伊利を抜き業界トップに
香港市場の主要銘柄:中国蒙牛乳業(3) 伊利との決別と蒙牛の創業、伊利を追放された勢力が集結
香港市場の主要銘柄:中国蒙牛乳業(2) 創業者の波乱の人生、生後まもなく両親に50元で売られる
香港市場の主要銘柄:中国蒙牛乳業(1) 世界9位の乳製品会社、国内首位の座を巡ってライバル伊利と激しい争い
二季報を使った銘柄選び(26) 香港全上場企業一覧、時間のない人はサラッと業績だけでもチェック
香港市場の主要銘柄:トラッカー・ファンド・オブ・ホンコン 誕生のきっかけはアジア通貨危機でのソロスとの対決
二季報を使った銘柄選び(25) 主要指数の推移で投資リターンを高める
二季報を使った銘柄選び(24) 銘柄選びに困ったときは個別銘柄ではなくETFという選択肢も
二季報を使った銘柄選び(23) スクリーニングを使って銘柄を探す、「総合評価」の活用法を紹介
二季報を使った銘柄選び(22) スクリーニングを使って銘柄を探す、「安定性」の活用法を紹介
二季報を使った銘柄選び(21) スクリーニングを使って銘柄を探す、「成長性」の活用法を紹介
二季報を使った銘柄選び(20) スクリーニングを使って銘柄を探す、「割安株」の活用法を紹介
二季報を使った銘柄選び(19) 「粗利益率」ランキングで高い競争力を持った高収益企業を探す
二季報を使った銘柄選び(18) 「現金同等物」ランキングは安定性を重視した投資家向けの指標、上位には高配当利回り銘柄も
二季報を使った銘柄選び(17) 「低額銘柄」ランキングの「お手頃」銘柄で中国株投資をスタート
二季報を使った銘柄選び(16) 「高額銘柄」ランキングで人気銘柄を発掘、取引単位引き下げや株式分割を実施する銘柄も
二季報を使った銘柄選び(15) 「年間上昇率」と「年間下落率」のランキングで勢いのある銘柄やダメ銘柄を見つける
二季報を使った銘柄選び(14) 「株主資本比率」のランキングで安全性をチェック
二季報を使った銘柄選び(13) 「流動比率」と「低負債比率」のランキングは単独で使ってはいけない
二季報を使った銘柄選び(12) 「増益率」ランキングを活用して成長性の高い銘柄を探す
二季報を使った銘柄選び(11) ランキングを使って銘柄を探す、「業績増額修正」と「業績減額修正」で予想の変化をつかむ
二季報を使った銘柄選び(10) ランキングを使って銘柄を探す、「高配当利回り」はお宝銘柄の宝庫?10%を超える高配当銘柄がザクザク
二季報を使った銘柄選び(9) ランキングを使って銘柄を探す、「低PBR」だけで割安株を探してはいけない
二季報を使った銘柄選び(8) ランキングを使って銘柄を探す、「低PER」は投資指標の基本中の基本
二季報を使った銘柄選び(7) ランキングを使って銘柄を探す、経営効率の高い銘柄を探すなら「高ROE」
二季報を使った銘柄選び(6) ランキングを使って銘柄を探す、「時価総額」で企業規模の大きな会社を見つける
二季報を使った銘柄選び(5) 「業界マップ」を使って銘柄を見つける
二季報を使った銘柄選び(4) 証券会社の「注目銘柄ランキング」を参考にする
二季報を使った銘柄選び(3) 「業界天気予報」を使って業種を手掛かりに絞り込む
二季報を使った銘柄選び(2) 「中国株二季報」を目的に合わせて効率よく使いこなそう!
二季報を使った銘柄選び(1) 中国株の銘柄選びに欠かせない「中国株二季報」とは?
香港市場の主要銘柄:香港鉄路(5) 香港版Suicaのオクトパス、世界に先駆けてFeliCaを採用
香港市場の主要銘柄:香港鉄路(4) 香港鉄路はなにで儲けてる?鉄道会社だけど利益の柱は別にある
香港市場の主要銘柄:香港鉄路(3) 海外売上比率5割超、香港の鉄道会社だけど海外で稼ぐ
香港市場の主要銘柄:香港鉄路(2) 九広鉄路吸収で香港の鉄道独占事業者に、ディズニー線も運行
香港市場の主要銘柄:香港鉄路(1) 公共輸送シェア約5割!香港市民の移動を支える鉄道銘柄
香港市場の主要銘柄:農夫山泉(5) 広告重視の経営、どうする後継者問題?
香港市場の主要銘柄:農夫山泉(4) 勝者無き戦い、「京華時報」との大バトル
香港市場の主要銘柄:農夫山泉(3) 新参者のとった驚きの戦略とは!?訴訟に敗れて市場を奪う
香港市場の主要銘柄:農夫山泉(2) 娃哈哈との最初の確執、亀とスッポンで成功後に飲料水業界に参入
香港市場の主要銘柄:農夫山泉(1) 社名はダサそうだけど実はスゴい、ボトル入り飲料水の中国最大手
意外と身近にある中国株、街中で探してみた(4) ロクシタン、南仏プロバンス発祥の自然派コスメブランド
意外と身近にある中国株、ドンキの店内で探してみた(8) バドワイザーAPAC、世界最大のビール会社のアジア部門
香港市場の主要銘柄:ハンセン銀行(4) 23年に創立90周年、デジタル分野でも挑戦を続ける
香港市場の主要銘柄:ハンセン銀行(3) 史上最大の1965年危機、ライバルの傘下に下る
香港市場の主要銘柄:ハンセン銀行(2) 戦後の香港で再出発、香港の「超人」李嘉誠氏らを支援
香港市場の主要銘柄:ハンセン銀行(1) 「永遠の成長」を目指す香港の華人系銀行大手
香港市場の主要銘柄:中電控股(3) 戦後復興と海外展開、SOCに守られた香港事業と不安定な豪州事業
香港市場の主要銘柄:中電控股(2) カドゥーリー家の夢と挫折、第二次大戦中は日本軍が接収
香港市場の主要銘柄:中電控股(1) 100年以上の歴史を誇る香港最大の電力会社、イラク系ユダヤ人が支配
意外と身近にある中国株、街中で探してみた(3) 1910年創業の旅行かばんの王者「サムソナイト」、社名の由来となった「サムソン」とは?
意外と身近にある中国株、街中で探してみた(2) ペニンシュラホテル、「東洋の貴婦人」と呼ばれた歴史と伝統の高級ホテル
意外と身近にある中国株、街中で探してみた(1) シャングリラ・アジア、東京駅に隣接する「理想郷」
中国株ビギナーがまず選ぶのはこれ!ハンセン指数は基本中の基本
意外と身近にある中国株、ショピングモールで探してみた(1) ポップマートのロボショップ、沼にハマる人続出の「盲盒」とは?
意外と身近にある中国株、ドンキの店内で探してみた(7) お湯要らず!「海底撈」のインスタント火鍋
意外と身近にある中国株、ドンキの店内で探してみた(6) 1840年創業の超老舗企業が生み出す「鎮江香酢」
意外と身近にある中国株、ドンキの店内で探してみた(5) 不思議な味の中華ジャンクフード「辣条(ラーティアオ)」
意外と身近にある中国株、ドンキの店内で探してみた(4) 周恩来が愛した大白兎のミルクキャンディー
意外と身近にある中国株、ドンキの店内で探してみた(3) 旺旺のミルクキャンディー、独特の企業文化と「黒皮精神」
意外と身近にある中国株、ドンキの店内で探してみた(2) 洽洽食品のヒマワリの種と康師傅のカップ麺
意外と身近にある中国株、ドンキの店内で探してみた(1) 小米のスマートバンド、TCLのテレビ、ANKERのスマホアクセサリー
香港市場の主要銘柄:ネットイース(3) どん底から奇跡の大復活、ゲームを事業の柱に成長
香港市場の主要銘柄:ネットイース(2) ポータルサイト化へ戦略転換、ナスダックに上場
香港市場の主要銘柄:ネットイース(1) 中国のオンランゲーム大手、より簡単なネット接続を目指す
意外と身近にある中国株、街中の飲食店を探してみた(3) お米を使ったライスヌードル「米線」の「譚仔三哥」
香港市場の主要銘柄:CNOOC 中国最大のオフショア石油開発会社
意外と身近にある中国株、街中の飲食店を探してみた(2) 羊のしゃぶしゃぶ料理の「小肥羊」
意外と身近にある中国株、街中の飲食店を探してみた(1) 火鍋のトップブランド「海底撈」、抜群のエンタメ性が人気の秘密
香港市場の主要銘柄:JDドットコム(3) 自前主義でライバルと差別化、顧客に喜びを届ける
香港市場の主要銘柄:JDドットコム(2) 創業記念日に上場、618に強い思い入れ
香港市場の主要銘柄:JDドットコム(1) 中国のネット通販大手、分かれ道となった20年前のSARS
香港市場の主要銘柄:AIAグループ(2) AIGから独立して香港市場に上場、ロゴに描かれている山は?
香港市場の主要銘柄:AIAグループ(1) アジア最大級の生命保険会社、1919年創業の保険代理店がルーツ
香港市場の主要銘柄:HSBC(2) 民間銀行だけど紙幣を発行、紙幣に描かれたライオンの正体は?
香港市場の主要銘柄:HSBC(1) 1865年に香港で創業、アヘンで成長した黒歴史も
意外と身近にある中国株、家電量販店で探してみた(3) 白物家電編
中国株の銘柄選び:意外と身近にある中国株、家電量販店で探してみた(2) テレビ編
中国株の銘柄選び:意外と身近にある中国株、家電量販店で探してみた(1) スマホ、PC編
香港市場の主要銘柄:美団(3) 「アリババ系」から「テンセント系」へと転身、そして・・・
香港市場の主要銘柄:美団(2) アリババ集団との蜜月と決別、転機となった15年のある出来事
香港市場の主要銘柄:美団(1) ATMXの一角で時価総額5位、清華大卒の王興氏が北京で立ち上げ
香港市場の主要銘柄:チャイナ・モバイル 携帯契約数は世界1位、NTTドコモの11倍
香港市場の主要銘柄:中国建設銀行 4大国有商業銀行で時価総額最大、インフラ建設分野に強み
香港市場の主要銘柄:アリババ集団(3) アリババは102年続く企業になれるのか?
香港市場の主要銘柄:アリババ集団(2) イーベイとの争いを制して中国での覇権を握る
香港市場の主要銘柄:アリババ集団(1) 落ちこぼれジャック・マーの逆襲
香港市場の主要銘柄:テンセント、目指すは「最も尊敬されるインターネット企業」

中国株情報部 部長兼編集長

池ヶ谷 典志

立命館大学卒業後、1997年に北京の首都経済貿易大学に留学。 北京では中国国有の大手新聞社などに勤務し、中国の政治、経済、社会記事などを幅広く執筆。 帰国後の2004年にT&Cトランスリンク(現DZHフィナンシャルリサーチ)入社。 現地での豊富な経験や人脈を生かして積極的に中国企業や政府機関などへの取材を行ない、中国企業の調査・分析を行なっている。

池ヶ谷 典志の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております