中国株の銘柄選び

香港市場の主要銘柄:BYD(8) 欧州の巨匠が昇華させた「漢字」と「ドラゴンフェイス」の独自性

中国株への投資を始めてみたいけど、どんな銘柄に投資していいか分からない――。そんな場合は、香港市場を代表する株価指数であるハンセン指数の構成銘柄の中から探してみるのが基本中の基本。ハンセン指数に選ばれる銘柄の中には、世界的な大企業もあれば、個性的で魅力的な銘柄もたくさん集まっています。このシリーズでは、香港市場の主要銘柄をハンセン指数の構成銘柄の中から選んで紹介していきます。今回もBYD(比亜迪:01211/002594)の続きです。


▼参考

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外資ブランドへの下克上、王朝シリーズと「秦」の誕生


かつて毛沢東が使った「農村から都市を包囲する」戦略に倣い、バスやタクシーなど公共交通分野から市場を開拓し始めたBYDですが、乗用車市場の攻略に向けて着々と準備を進めます。2012年、どん底にあったBYDは新たな新エネルギー車のブランド「王朝シリーズ」を立ち上げます。シリーズの第1号車となったのは、プラグインハイブリッド車(PHEV)の「秦(Qin)」でした。


当時の乗用車市場は、フォルクスワーゲンやトヨタといった外資系ブランドが圧倒的なシェアを握っており、中国製セダンは「安価で低品質」というレッテルを貼られていました。この劣勢を覆すため、BYDは中国人の魂に訴えかける「王朝」の名を冠し、単なる移動手段ではない「国家の誇り」を車に込めたのです。


 

王朝シリーズ最初の「秦」 出所:同社提供


漢字エンブレムに込めた「外資への宣戦布告」と自国文化への回帰


2015年には、車体正面やステアリングに「秦」や「唐」といった漢字のエンブレムを大胆に採用し始めます。これは自国文化への回帰を示すと同時に、外資ブランドへの宣戦布告でもありました。強力な加速性能を武器にした「秦」の登場は、技術力による下克上の始まりを意味していました。BYDは、歴史の名を借りて自らを「中国車の覇者」へと再定義し、外資に独占されていた都市部の中上級市場へ、真っ向から攻勢をかけたのです。BYDはその後、王朝シリーズで「唐(Tang)」「宋(Song)」「元(Yuan)」「漢(Han)」などを次々と発表していきます。


 


2016年、BYDはデザイン部門の体制強化に乗り出します。アウディなどの欧州ブランドで実績を積んだヴォルフガング・エッガー氏をデザイン統括責任者に起用したのです。当時のBYDは、バッテリーやモーターといった基幹部品の内製化で技術的な地力を蓄えていたものの、車両の外観デザインについては依然として課題を抱えていました。エッガー氏に課された役割は、個別の車種設計にとどまらず、ブランド全体を貫く一貫したデザイン言語を確立することにありました。


「国潮」を先取りしたドラゴンフェイス、社内で物議を醸した「漢字」への執念


彼が提示した「ドラゴンフェイス(Dragon Face)」というコンセプトは、王朝シリーズが掲げる中国の伝統美と、現代的な機能美を融合させたものでした。この改革はエクステリアのみにとどまりませんでした。エッガー氏は、王伝福会長が進めてきた「漢字のインターフェース」を否定することなく、ステアリングの中央や車内のスイッチ類にいたるまで、自身のデザイン哲学の中に深く統合していったのです。


 

中国で龍は皇帝の権威と権力の象徴


しかし、この徹底した漢字の継続は、当初社内でも大きな議論を呼びました。グローバル展開を見据える中で、英語表記を排して漢字を貫くことは「国際基準にそぐわない」「古臭い」といった根強い反対意見に直面したのです。それでも王会長は、自国の文化こそがブランドの核心であるという信念を曲げませんでした。


後に中国全土を席巻する、自国ブランドをクールと捉える「国潮(グオチャオ)」ブームが本格化するのは2018年頃のことです。BYDの戦略はその数年先を行くものであり、時代が彼らの掲げたアイデンティティに後から追いついた形となりました。エッガー氏がもたらした欧州基準の洗練された造形の中に、王会長がこだわった漢字が共存する。この異例の試みは、結果としてBYDにしか出せない独自のプレミアム感を確立することに繋がったのです。


デザインの進化が突きつけた「次世代バッテリー」への課題


2017年に発表された「宋(Song)MAX」を皮切りに、この新しいデザインは順次ラインアップへと展開され、BYDの製品は「技術はあるが洗練さに欠ける」というかつてのイメージを払しょくしていきます。


デザインの洗練が進むにつれ、車両にはより低重心で流麗なシルエットが求められるようになりました。しかし、ここで新たな壁が立ちはだかります。当時の主流であった三元系リチウムイオン電池のパックは厚みがあり、エッガー氏らが理想とするスポーティーな低床デザインを実現するうえで、物理的な制約となっていたのです。


意匠性と居住性、そして何よりEVとしての安全性をいかに両立させるか。このパッケージングの課題を解決するための模索が、後に同社の転換点となる「ブレードバッテリー」の開発へと繋がっていくことになります。この薄型バッテリーの誕生は、のちに2021年から展開される「海洋シリーズ」のような、より自由で革新的なデザインを可能にする次世代プラットフォームの礎となっていきました。


次回もBYDの続きです。お楽しみに。


まとめ:今回紹介した香港市場の主要銘柄


今回紹介した銘柄は、主に自動車と電池を手掛けるBYD(01211/002594)ですが、傘下で電子機器受託製造(EMS)業者を手掛けるBYDエレクトロニック(00285)も参考銘柄として掲載しておきます。BYDは香港証券取引所メインボードと深セン証券取引所A株市場に重複上場しており、BYDエレクトロニックは香港証券取引所メインボードに単独上場しています。


【中国の自動車・電池メーカー】電池を祖業とし、03年に自動車事業に参入。22年3月にガソリン車の生産から撤退し、純電気自動車とプラグインハイブリッド車に完全シフトした。自社開発のリン酸鉄リチウム系の「ブレードバッテリー」は米テスラなどにも供給。都市軌道交通事業も手掛ける。子会社のBYDエレクトロニック(00285)を通じてスマホや電子機器の受託製造サービスも展開。米著名投資家のバフェット氏の出資で脚光を浴びた。


【中国の電子機器受託製造業者】電子機器受託製造(EMS)業者として部品製造や組み立てを請け負う。親会社のBYD(01211)が大口顧客。電子・IT、AI、5G、IoT、熱管理、新素材、精密金型、デジタル製造といった技術を強みに、製品ソリューションを一括提供する。事業分野はスマートフォン、新エネルギー車、AIデータセンター、スマートホーム、ゲーム機器、ドローン、3Dプリンター、IoT機器、ロボットなど。

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中国株情報部 部長兼編集長

池ヶ谷 典志

立命館大学卒業後、1997年に北京の首都経済貿易大学に留学。 北京では中国国有の大手新聞社などに勤務し、中国の政治、経済、社会記事などを幅広く執筆。 帰国後の2004年にT&Cトランスリンク(現DZHフィナンシャルリサーチ)入社。 現地での豊富な経験や人脈を生かして積極的に中国企業や政府機関などへの取材を行ない、中国企業の調査・分析を行なっている。

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