言葉からひも解くマーケット

第78回「Xリスク」トランプ復活が歪なマーケット急襲

予備選トランプ初戦勝利で高まる警戒感

 

米大統領選の共和党・予備選初戦でトランプ前大統領が大差で勝利しました。共和党政権下での政策がドル相場など為替ほか金融マーケットに与えるリスクへの警戒が高まりそうです。

しかし想定される政策を受けたドル相場に対する思惑だけでなく、大きな不透明要因になりそうなのは前政権下で当時の大統領トランンプ氏が突発的に「ツイッター(現X)」でコメントしてマーケットを荒らしたことの再現。いってみれば「Xリスク」でボリティリティー(変動性)が跳ね上がることかもしれません。

 

今年11月5日投票の米大統領選挙へ向けた野党・共和党の候補者指名イベント初戦がアメリカのハートランド(中心地・心臓部)と呼ばれる中西部アイオワ州で行われました。

 

トランプ前大統領が過半数超えの支持を集め、2割強の支持率だった2位デサンティス・フロリダ州知事、支持2割弱の3位ヘイリー元国連大使らに大差で勝利しています。

 

候補者選出の方法は「党員集会」で選ぶ州と、「予備選挙」を行う州、州によってスタイルはそれぞれ。アイオワ州では1月15日、共和党の党員集会が開催されました。

 

ちなみにアイオワが「ハートランド」といわれるのは地理的な意味合いは大きいのですが、開拓者により最初にアメリカ化された地域ともされ、穀倉地帯コーンベルトに位置することによる農業とともに、それらの加工食品や関連した産業機械ほか電気機器など製造業、バイオテクノロジーといった分野も主要産業として共存する環境も理由になっています。

 

「マディソン郡の橋」「フィールド・オブ・ドリームス」といった映画の舞台にもなった田舎の街と大きな都市が共存する州ともいえます。「田舎」vs「都会」が対立軸になりやすいアメリカの縮図の1つといえる選挙区と受け止められている面があるようです。

 

アメリカのサンプ州のような扱いもあるアイオワ。そこでの初戦で今回トランプ前大統領が良い形で勝利。勢いづき今後の予備選も勝ち抜け、当時まさかといわれた大統領選勝利にまい進した2016年と同様の流れに乗れるか注目となります。

 

トランプ氏は2016年の初戦アイオワは事前の世論調査で優位だったにもかかわらず支持率24%で2位でした。支持率28%を得た候補クルーズ上院議員に出遅れました。しかし手応えをつかみ、次のニューハンプシャー州予備選で巻き返しました。

 

初戦アイオワでの勝利は近年では必ずしも党代表候補の道にはつながっていないようですが、初戦勝利以降の戦いへ有利に働く選挙資金戦略にも大きく影響するといわれます。少なくとも初戦アイオワ、第2戦ニューハンプシャー両州どちらかで2位以内に入らず大統領候補になった人はおらず序盤の戦況が大変重要なのです。ちょっと蛇足ですが、よくもめごとを起こすトランプ氏は2016年、アイオワで2位へとどまった結果に対して「不正があった」とやり直しを求める事件もありました。

 

もっとも、人口構成が全米平均の白人57.8%(2020年調査)と比較して高い82.7%のアイオワ。そしてより高い87.2%で年齢中間値も全米平均38.3才より大きく高齢に傾いている43.3才のニューハンプシャー(※アイオワは38.8才)。両州が需要な大統領選の行方を左右するとして報道されることに否定的な見解もあります。

 

とはいえメディアで「アイオワを制する者が大統領選挙を制する」と大々的に取り上げられてきたのが歴史的な流れです。一方で民主党バイデン現政権は大統領選へ向けた動きに冴えがないといわれています。トランプ陣営には訴訟など抱えた不安材料もありますが、アイオワを制して大統領選にも勝利した場合に関する思惑が金融マーケットを揺らしそうです。

 

 

「Xリスク」 歪な「ドル安」「ドル高」バランス刺激

 

アノマリーでは共和党政権下ではドル安傾向で、民主党政権下ではドル高になりやすいといわれます。ただ、より重要なのは局面における経済状況や金融政策。アノマリー依存の判断は不適切な環境下の検証データをもとに未来を推し量ることになりえます。

 

トランプ政権下では保護主義的な外交、そして内政については歪(いびつ)な歳出バランスのままでも減税へ向かうなど財政拡張へ傾斜しがちでしょう。貿易保護で為替はドル安志向、一方で減税分を補う発行増で債券は需給悪化で価格が下落・金利上昇が想定できます。財政バランスもそうですが、「ドル安志向」vs「米金利上昇にともなうドル高圧力」のバランスも歪になるでしょう。

 

さらに最も懸念されるは前政権下でマーケットを揺さぶっていたトランプ大統領の「(旧)ツイッター」コメントで為替が上下するリスクでしょう。「ツイッターリスク」改め、より名称が怪しげになる「Xリスク」により、歪な「ドル安志向」vs「米金利上昇・ドル高圧力」のバランスが「X」のポスト(旧ツイート)の内容で簡単にドル安・ドル高どちらへも急激に傾く恐れがあります。

 

前共和党政権下のトランプ発言は、利上げ局面の米連邦準備理事会(FRB)への苦言が記憶に残りやすかったといえますが、自画自賛のような言葉も含めて強いドルへの言及もあり、実のところ定まった見解がなかったようにも感じられます(図表参照)。

 

 

もしトランプ新政権誕生となれば、「Xリスク」によるボラティリティの高まりが為替をはじめとした金融マーケットの大きな不透明要因になりそうです。急激な変動が日本政府の望まない方向へ進むことでもあれば、本邦通貨当局による為替介入への警戒感も交錯してマーケットはよりビクビクしながら取引に臨む事態になりそうです。

この連載の一覧
第92回「日米韓共同声明」為替介入の可能性は?
第91回「なんちゃって介入」挟みつつドル高・円安の流れ追う展開
第90回「RBNZ vs マーケット」利下げ時期を探るNZドル
第89回「粘着性」しつこいインフレ、底堅い他指標の合わせ技でドル堅調か
第88回「為替介入実績」区切りの28日以降の動き注視
第87回「噂で買って事実で売る」 地で行った円相場  日銀 異次元緩和の転換局面
第85回「もしトラ」から「ほぼトラ」「確トラ」へ  トランプ氏スーパーチューズデー圧勝
第84回「日経平均株価が最高値更新」も、ドル円の上攻めもう一押し支援必要か
第83回「テクニカルリセッション」も円買い介入のため異次元緩和解除へ
第82回「日米労働市況格差」が示す円安・ドル高
第81回「FOMC投票権」メンバーのタカ・ハト変遷注視
第80回「IMF世界経済見通し」ドル>ユーロ>円 示唆か
第79回「フィボナッチ61.8%水準」で底堅さ示すドル円
第78回「Xリスク」トランプ復活が歪なマーケット急襲
第77回「地震の影響」「『異次元』解除」見極めつつ、足もとの「米CPI・PPI」も注目
第76回「利下げ議論」したFRB/しないECB差異でドル・ユーロに明暗
第75回「チャレンジングな状況」肩透かし、日銀マイナス金利解除を急がず?
第74回「チャレンジングな状況」日銀マイナス金利解除を後押しか
第73回「HICP」鈍化、ECB目標達成の前倒しも
第72回「コスト構造の変化」ユーロ圏経済を圧迫
第71回「引き締め効果」金利低下で後退、米政策金利は高止まりか
第70回「制約的スタンス」達成可否に注目
第69回「原油安」豪ドルなど資源国通貨は重い動きに
第68回「第1の力」→「第2の力」バトンタッチ確認できない日銀、円安も止まらず
第67回「悪い金利上昇」米長期金利5%、高位も安定欠きドル円は重いまま
第66回「リスクセンチメント悪化」NZドル圧迫、政権交代後への期待も支えとならず
第65回「中東リスク」日米休場マーケット急襲、複雑で問題長期化へ
第64回「JOLTS好結果」→「米金利上昇/ドル高・円安」vs『覆面介入?』に続く、三つ巴「米雇用統計」×「米金利・為替動向」×『介入有無』注視
第63回「原油高」1.5倍のドル買い・円売りインパクト
第62回「BOE利上げ打ち止め観測」→ECBの動向も影響
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第58回「前年度効果」はく落の影響が不透明、ジャクソンホールのインフレ終息宣言は難しいか
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為替情報部 アナリスト

関口 宗己

1987年商品取引会社に入社、市場業務を担当。1996年、シカゴにて商品投資顧問(CTA)のライセンスを取得。 市況サービス担当を経て、1999年より外国為替証拠金取引に携わり、為替ブローキングやIMM(国際通貨先物)市場での取引を経験した。 その後、外国為替証拠金取引会社で市況サービスを担当した後、2006年2月にマネーアンドマネー(現・DZHフィナンシャルリサーチ)記者となる。日本テクニカルアナリスト協会検定会員(CTMA2)。日本ファイナンシャルプランナー協会AFP。 その他、社会科教員免許、特許管理士、ボイラー技師、宅地建物取引主任試験合格証などを所持。趣味では2級小型船舶免許、オープンウォーター・スキューバダイビング免許を取得している。

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