言葉からひも解くマーケット

第93回「介入余力」残り7-8回分、介入以外の円安抑制措置が必要

8兆円規模の介入実施

 

政府・日銀は8兆円規模の介入を行い、円安加速に歯止めを掛けようとしています。ただ、当局の「介入余力」はあと7-8回分とされるなか、介入頼りの円安対策には限界がありそうです。

 

4月29日、昭和の日の休日で東京市場が休場のなか、政府・日銀は午後1時台と午後4時台に円買い介入に踏み切ったとみられます。同じく介入と思われる動きは5月1日、午後4時台にも観測されました(図表参照)。 


 

 

鈴木財務相や神田財務官、林官房長官など当局者は為替介入の有無への言及を回避しています。介入実施の有無を公表しない覆面方式で介入を行ったと考えられています。

 

4月29日の介入では5兆円以上のドル売り・円買い介入が行われたとされています。2022年の円安局面において10月21日に実施された過去最大規模5.6兆円の介入に迫る金額だったとの見方です。

 

5月1日の介入は3兆円規模とされています。計3回、各日の介入で8兆円超えとされる介入を行ったことになります。これは、1週間の規模として過去最大の円買い・ドル売り介入となります。

 

発行権のある自国の通貨を売る円売り介入と異なり、円を買う一方でドルなど他国通貨を売る介入は原資に限りがあります。元手となるのは政府・日銀の手持ち外貨「外貨準備」の範囲にとどまります。

 

4月5日、財務省が公表した3月末時点の「外貨準備などの状況」によれば外貨準備は約1.29兆ドル(3月末レート151.35円換算=195.2兆円)。そのうち外貨預金の1550億ドル(同23.46兆円)はそのままドル売りに使える金額となります。

 

その他に証券9948億ドル(同150.56兆円)がありますが、このうち売却について米政府の了解を得られにくい長期債ではなく、満期1年未満の短期証券1720億ドル(同26.03兆円)が介入に用いることができる原資と考えられます。預金と短期証券のうち、外貨建て債務の返済が困難になった際にも使う外貨準備のうち、介入に使えるのはざっと3000億ドル(約45兆円)と推計されています。

 

今回の局面での介入目前の換算で約45兆円とされる原資のうち、これまで8兆円程度の介入をおこなったとするなら、残りは37兆円ほど。1回当たり5兆円ほどの介入を行うとして、レート変動を見積もっても「介入余力」はあと7-8回分といったところでしょう。

 

 

「介入余力」や効果を見透かし円安地合い継続

 

この「介入余力」を十分とみるかどうか議論は分かれるところでしょうが、足もとの円安推移をみる限り、円安進行のスピード調整の域は出ないとの評価でしょう。当局が覆面方式で介入を行っているのも、力ずくの介入で円安加速を抑え込むことが難しいため、市場の疑心暗鬼も誘って効果を高めるために介入を公言していないのではないかと思えてしまいます。

 

そもそも介入、それも本邦当局の単独介入だけで円安を抑え込むことは難しいでしょう。日米韓協同声明でもうたわれた「既存のG20(20カ国・地域)のコミットメントに沿って」といった範疇で行われる介入であるのなら、急激な相場変動をならすためのスムージングの範囲と考えることができます。

 

4月25-26日の日銀金融政策決定会合後の会見で、植田総裁が「今のところ基調的な物価に円安が大きな影響を与えているわけではない」と述べたことが円安を推し進める一因となりました。物価面での円安の影響を重くみていないとマーケットが受け止めたためです。

 

しかし5月7日以降、植田総裁は「為替について十分注視していくことを確認」「円安で今後基調的物価情勢にどういう影響が出てくるか注意深くみていく」、そのほか「(円安)これまでのところは基調的物価に大きなは影響ない」としながらも「足もとの円安、今後基調的物価上昇に影響してくるリスクがある」と、言質を少しずつ変えてきた感があります。日銀が物価面への影響を考慮して金融政策を運営していく姿勢を示すことは円安抑制の一助になるでしょう。

 

それ以外にグローバル展開する企業の海外に滞留した資金を日本へ還流する際に掛かる税金を優遇する措置などが円買い・外貨売りを後押しする手立ての1つになりそうです。いずれにしろ残り7-8回と推察できる「介入余力」に頼るだけの円安対策であれば、円先安感を後退させるのは難しそうです。

この連載の一覧
第94回「イエレン発言」で釘刺され円買い介入しづらい
第93回「介入余力」残り7-8回分、介入以外の円安抑制措置が必要
第92回「日米韓共同声明」為替介入の可能性は?
第91回「なんちゃって介入」挟みつつドル高・円安の流れ追う展開
第90回「RBNZ vs マーケット」利下げ時期を探るNZドル
第89回「粘着性」しつこいインフレ、底堅い他指標の合わせ技でドル堅調か
第88回「為替介入実績」区切りの28日以降の動き注視
第87回「噂で買って事実で売る」 地で行った円相場  日銀 異次元緩和の転換局面
第85回「もしトラ」から「ほぼトラ」「確トラ」へ  トランプ氏スーパーチューズデー圧勝
第84回「日経平均株価が最高値更新」も、ドル円の上攻めもう一押し支援必要か
第83回「テクニカルリセッション」も円買い介入のため異次元緩和解除へ
第82回「日米労働市況格差」が示す円安・ドル高
第81回「FOMC投票権」メンバーのタカ・ハト変遷注視
第80回「IMF世界経済見通し」ドル>ユーロ>円 示唆か
第79回「フィボナッチ61.8%水準」で底堅さ示すドル円
第78回「Xリスク」トランプ復活が歪なマーケット急襲
第77回「地震の影響」「『異次元』解除」見極めつつ、足もとの「米CPI・PPI」も注目
第76回「利下げ議論」したFRB/しないECB差異でドル・ユーロに明暗
第75回「チャレンジングな状況」肩透かし、日銀マイナス金利解除を急がず?
第74回「チャレンジングな状況」日銀マイナス金利解除を後押しか
第73回「HICP」鈍化、ECB目標達成の前倒しも
第72回「コスト構造の変化」ユーロ圏経済を圧迫
第71回「引き締め効果」金利低下で後退、米政策金利は高止まりか
第70回「制約的スタンス」達成可否に注目
第69回「原油安」豪ドルなど資源国通貨は重い動きに
第68回「第1の力」→「第2の力」バトンタッチ確認できない日銀、円安も止まらず
第67回「悪い金利上昇」米長期金利5%、高位も安定欠きドル円は重いまま
第66回「リスクセンチメント悪化」NZドル圧迫、政権交代後への期待も支えとならず
第65回「中東リスク」日米休場マーケット急襲、複雑で問題長期化へ
第64回「JOLTS好結果」→「米金利上昇/ドル高・円安」vs『覆面介入?』に続く、三つ巴「米雇用統計」×「米金利・為替動向」×『介入有無』注視
第63回「原油高」1.5倍のドル買い・円売りインパクト
第62回「BOE利上げ打ち止め観測」→ECBの動向も影響
第61回「RBA(豪準備銀行)悪手」打つリスク
第60回「ファンダメンタルズから乖離」と主張しにくい円安
第59回「ジャクソンホール・キーワード」日米金融政策格差
第58回「前年度効果」はく落の影響が不透明、ジャクソンホールのインフレ終息宣言は難しいか
第57回「アメリカ経済ソフトランディング期待」も当局とマーケットの金利観ギャップではく落か
第56回「フィッチ・ショック」はショック?
第55回「サプライズ必至」だった日銀YCC修正を7月会合で決定も為替は円安、日銀緩和継続観測による円安続くか
第54回「サプライズ必至」の日銀YCC修正、7月は回避?
第53回「7月FOMC以降の追加利上げ」の有無を見据えて動き出すマーケット
第52回「米利上げ軌道維持」も単月の景気・インフレ指標に振らされマーケット不安定
第51回「元安」当局下支えも下落リスク継続 連れて円安加速も
第50回「行き過ぎた動きには適切に対応」円安への対処 口先から実弾へ移行するか
第49回「FEDピボット」と個別要因の複合判断が必須
第48回「3者会合ライン」140.93円 仕掛けたい投機筋
第47回「インフレ期待低下」ECB政策・ユーロ相場は神経質な局面
第46回「米利上げスキップ」の有無
第45回「フリーダム・コーカス」共和党強硬派が米債務上限交渉をかく乱
第44回「Xデー」前に米与野党にらみ合い
第43回「KBW地方銀行株指数」が鳴らす警鐘
第42回「新日銀総裁・初会合」改めて緩和継続を示唆し株高・円安か
第41回「米景気先行指数」で米株高なら日本株に好影響
第40回「YCC・マイナス金利継続」日銀・出口まだ、為替は米金融政策との兼ね合いもありCPIに注意
第39回「JOLTS」米雇用統計へ準ずる注目指標に
第38回「VIX」恐怖指数で金融不安のマーケットへの影響を判断
第37回「欧・米金融政策格差」ユーロ底堅いか
第36回「米銀破綻」金融政策への影響予想どっちつかずで不透明
第35回「FRB高官発言」欲望と恐怖の往復ビンタ
第34回「米利上げ長期化観測」根拠となった米経済指標の行方注視
第33回「FOMC投票メンバー」強いデータでタカ派へ傾斜
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【言葉からひも解くマーケット】第2回「円安デメリット」
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為替情報部 アナリスト

関口 宗己

1987年商品取引会社に入社、市場業務を担当。1996年、シカゴにて商品投資顧問(CTA)のライセンスを取得。 市況サービス担当を経て、1999年より外国為替証拠金取引に携わり、為替ブローキングやIMM(国際通貨先物)市場での取引を経験した。 その後、外国為替証拠金取引会社で市況サービスを担当した後、2006年2月にマネーアンドマネー(現・DZHフィナンシャルリサーチ)記者となる。日本テクニカルアナリスト協会検定会員(CTMA2)。日本ファイナンシャルプランナー協会AFP。 その他、社会科教員免許、特許管理士、ボイラー技師、宅地建物取引主任試験合格証などを所持。趣味では2級小型船舶免許、オープンウォーター・スキューバダイビング免許を取得している。

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