言葉からひも解くマーケット

第113回「揺らぐ日銀」与党の責任ない場当たり的な圧力が市場を乱す

9月の日銀金融政策決定会合後は株高・円安が進んでいます。しかし与党サイドの圧力を受けた日銀が「タカ派」と「ハト派」の間を右往左往してマーケットを揺さぶっている感があります。独立性が怪しい「揺らぐ日銀」の高官発言にAI(人口知能)が反応し、追加利上げの前提ともされる「市場の安定」を乱す流れが続くでしょうか。

  

日銀総裁ハト派姿勢で株高・円安

 

9月20日の日銀金融政策決定会合後、円を売る動きが進んでいます。政策自体は現状維持だったものの、会合後の会見で植田総裁が示唆したスタンスがハト派(金融緩和支持)的と受け止められ、円売り進行のきっかけとなりました。

 

植田総裁は「経済・物価見通しが実現していけば政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していくことになる」と述べた一方、「為替の動向や物価上振れリスクが相応に減少していることで時間的に余裕がある」「今年2回の利上げの影響を踏まえつつ、徐々に中立金利への認識を深めていく段階」「直ちに見通しの確度高まり、すぐ利上げとはならない」などと発言。「利上げを急がないややハト派寄りの姿勢」と受け止められ、円を売る動きが広がりました。

 

同会合結果発表・会見前は、前日19日未明(米現地18日)公表の米連邦公開市場委員会(FOMC)の予想を上回る0.50%利下げ後の下振れをこなして144円近辺までドル高・円安方向へいったん揺り戻しされていた動きが、警戒感から141.74まで押し返されていました。しかし植田総裁の会見中から円売りが進み、144円台へ乗せる円安となっています(図表参照)

 

 

 

その後の植田総裁による発言も、円売り地合いを支援しました。24日、同総裁は大阪経済4団体共催懇談会において「政策判断にあたり時間的な余裕がある」などと発言。前週末の記者会見と同じく、早期の追加利上げを急がない姿勢を示したと受け止められています。

 

 

与党圧力で「揺らぐ日銀

 

気になるのは7月30-31日の金融政策決定会合で利上げや国債買い入れ方針の変更を決定するとともに、同総裁が会見で前回2006年から2007年の利上げ局面で天井となった0.50%について、「特に意識していない」と述べるなどタカ派的と受け止められる姿勢を示していたにもかかわらず、翌会合となる9月にはハト派とされる姿勢へ急転と、「揺らぐ日銀」の状態です。

 

7月の政策変更や、同会合前までハト派寄りとされていた植田総裁のタカ派(金融引き締め支持)方向への転身の背景には、報道された「河野デジタル相が円安是正のため、日銀に政策金利を引き上げるよう求めた」との事情や、茂木自民党幹事長の「段階的な利上げの検討も含めて金融政策を正常化する方針をもっと明確に打ち出す必要がある」との発言など、与党サイドの圧力が感じられました。

 

日銀がタカ派へ転じたとされ株暴落・円急伸した後を受け、内田日銀副総裁が「金融市場が不安定な状況では利上げをすることはない」と火消しと思われる発言をしています。利上げ継続の前提に「市場の安定」との条件を提示し、145円を挟んで上下していたドル円は148円手前まで戻しました。

 

そして9月会合や今週の大阪懇談会での発言などハト派的な発言へとつながって株高・円安を支えている格好ですが、この局面でも与党要人からの圧力が感じられる発言が聞かれています。高市経済安全保障担当相は23日、日銀の金融政策に対し「金利をいま上げるのはアホ」と、インターネット番組内で釘を刺しました。

 

それ以前も7月会合後の8月9日、金融・財政政策にかかわる自民党・財政健全化推進本部の事務局長である越智・衆院議員がインタビューで「(利上げ)慎重に進めていくべき」との見解を示しています。利上げ自体は悪くないが、追加利上げ示唆への言及に苦言を呈する内容でした。

 

利上げ圧力をかけたような与党要人から株急落・円暴騰への弁明のような言葉は特に聞かれない一方、その尻拭いで総裁ほか日銀高官が「タカ派」と「ハト派」の間を右往左往させられる「揺らぐ日銀」の様相。責任の所在がはっきりしない立ち位置から場当たり的な対策を講じるよう、背後に隠れるように与党が日銀の背中を押しているイメージでしょうか。

 

独立性が感じにくい「揺らぐ日銀」の姿勢変転で、株安・円高へ大きく振れた金融マーケットは株高・円安方向へ戻しましたものの、その動きもまた反動があったとはいえ急激でした。どちらも「揺らぐ日銀」が、追加利上げの前提となる「市場の安定」を乱す結果になったといえます。

 

揺らぐ日銀」の高官発言へ反応したAI(人口知能)によるトレードもマーケットを荒っぽくしている要因といえます。しっかりしない政府・日銀の姿勢を反映した、しっかりしない荒っぽいマーケットが続くリスクを抱えた状態と考えていいでしょう。

この連載の一覧
第113回「揺らぐ日銀」与党の責任ない場当たり的な圧力が市場を乱す
第112回「米大統領選挙・テレビ討論会」民主優位に沿うドル安先行、共和勝利ならドル高も不安定か
第111回「サームルール」米利下げ意識を高める
第110回「デュアルマンデート」FRBインフレから雇用へシフト
第109回「豪CPI」予想を上回るも伸び鈍化、豪ドル買い続きにくいか
第108回「日米中銀トップ発言」がマーケット左右
第107回「IMM円ショート取り崩し」一巡、動き落ち着くか?
第106回「ハト派←→タカ派転身」日銀高官発言で乱高下
第105回「金利引き上げペース」日銀、次回利上げ10月か
第104回「トランプトレード」に巻き戻し、次期米政権下でドル重いか
第103回「日銀当座預金見通し」で介入動向推察
第102回「仏左派躍進」サプライズの決戦投票結果
第101回「英政局への期待」ユーロ圏とのコントラストでユーロ安・ポンド高か
第100回「監視リスト」入りで介入しにくくなった?
第98回「欧州政局不安」極右台頭がユーロを不安定に
第97回「メキシコ初の女性大統領」新政権下のマーケット・為替は不安定か
第96回「終幕は視野」日銀デフレ・ゼロ金利との闘い
第95回「2%到達の確信」有無が米金利・ドルの行方左右
第94回「イエレン発言」で釘刺され円買い介入しづらい
第93回「介入余力」残り7-8回分、介入以外の円安抑制措置が必要
第92回「日米韓共同声明」為替介入の可能性は?
第91回「なんちゃって介入」挟みつつドル高・円安の流れ追う展開
第90回「RBNZ vs マーケット」利下げ時期を探るNZドル
第89回「粘着性」しつこいインフレ、底堅い他指標の合わせ技でドル堅調か
第88回「為替介入実績」区切りの28日以降の動き注視
第87回「噂で買って事実で売る」 地で行った円相場  日銀 異次元緩和の転換局面
第85回「もしトラ」から「ほぼトラ」「確トラ」へ  トランプ氏スーパーチューズデー圧勝
第84回「日経平均株価が最高値更新」も、ドル円の上攻めもう一押し支援必要か
第83回「テクニカルリセッション」も円買い介入のため異次元緩和解除へ
第82回「日米労働市況格差」が示す円安・ドル高
第81回「FOMC投票権」メンバーのタカ・ハト変遷注視
第80回「IMF世界経済見通し」ドル>ユーロ>円 示唆か
第79回「フィボナッチ61.8%水準」で底堅さ示すドル円
第78回「Xリスク」トランプ復活が歪なマーケット急襲
第77回「地震の影響」「『異次元』解除」見極めつつ、足もとの「米CPI・PPI」も注目
第76回「利下げ議論」したFRB/しないECB差異でドル・ユーロに明暗
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第66回「リスクセンチメント悪化」NZドル圧迫、政権交代後への期待も支えとならず
第65回「中東リスク」日米休場マーケット急襲、複雑で問題長期化へ
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第63回「原油高」1.5倍のドル買い・円売りインパクト
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第58回「前年度効果」はく落の影響が不透明、ジャクソンホールのインフレ終息宣言は難しいか
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為替情報部 アナリスト

関口 宗己

1987年商品取引会社に入社、市場業務を担当。1996年、シカゴにて商品投資顧問(CTA)のライセンスを取得。 市況サービス担当を経て、1999年より外国為替証拠金取引に携わり、為替ブローキングやIMM(国際通貨先物)市場での取引を経験した。 その後、外国為替証拠金取引会社で市況サービスを担当した後、2006年2月にマネーアンドマネー(現・DZHフィナンシャルリサーチ)記者となる。日本テクニカルアナリスト協会検定会員(CTMA2)。日本ファイナンシャルプランナー協会AFP。 その他、社会科教員免許、特許管理士、ボイラー技師、宅地建物取引主任試験合格証などを所持。趣味では2級小型船舶免許、オープンウォーター・スキューバダイビング免許を取得している。

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