ポンド 対ドル史上最安値
イギリスの通貨ポンドは先週末9月23日のロンドンタイムから売り地合いを強め、週明け26日のアジアタイムには対ドルで一時1.03ドル台と、1985年2月に記録した1.05ドル台を下抜け。史上最安値を更新しています(図表1)。トラス英新政権が打ち出した経済対策が不安を駆り立て、ポンドを売り込む材料になったのです。
クワーデン新財務相は23日、450億ポンドの追加減税と財政出動による経済対策を発表。この減税額は過去50年で最大規模となります。問題は財源の当てがない状態であること。経済支援を優先して財政規律を軽んじた内容をマーケットは酷評しました。それにも懲りず、26日には減税について「まだ追加がある」と述べ、ポンド売りに拍車を掛けました。
法人税率の引き上げ凍結や、所得税の最高税率45%を40%に引き下げる内容を受け、「恩恵を受けるのは大企業や高所得者層のみ」と指摘されています。「国民全体ではなく、大企業や富裕層に向けいい顔をする政策」「最終的には国民に多大なツケが回ってくる借金頼みの政策」と、労働者層などは不満を高めています。
第2の「ポンド危機」
ポンド相場が危うい状態にさらされた局面として印象深いのは、1992年の「ポンド危機」です。英国は、1999年に発足した欧州の統合通貨ユーロの準備段階で設定されたEMS(European Monetary System、欧州通貨制度)の下、EMS参加国の為替変動を調整する制度ERM(Exchange Rate Mechanism、欧州為替相場メカニズム)に連動した水準に、ポンド相場を維持していました。しかし、本来の実力に見合わず高止まりするポンドに、著名投資家ジョージ・ソロス氏が売りを仕掛けました。ソロス氏はこのポンド売りで巨額な利益を得て「イングランド銀行を叩き潰した男」との異名を得ることになりました。
「ポンド危機」の際は、ポンド相場の実力とEMRに適合のために維持した水準の矛盾が攻撃対象になりました。現在のポンド売りは、景気減速に目をつむってどうにかインフレを抑制するために利上げサイクルに入ったイングランド銀行(中央銀行、Bank of England=BOE)の金融政策に下支えされた為替水準と、本来利上げを行え得ないほど弱った経済と将来を不安にさせる財政の行方の矛盾を突かれたといったところでしょうか。
1992-93年の「ポンド危機」の通貨下落率は30%強。その他、リーマンショック時の金融危機の際、売り込まれたのはポンドだけではありませんが、他通貨ともに35%強の下落。2016年の英・欧州連合(EU)離脱=ブレグジットを決定した投票の局面で24%弱、直近2014年の高値からなら33%安強。現時点の27%ほどのポンド下落率を上回る場面も歴史上で何度かありました。
しかし、1980年の高値水準2.5ドル近辺からプラザ合意もあった1985年につけた安値1.05ドル台まで57%安、その局面で1983年にいったん戻したところからでも34.2%安となった際につけた安値を更新した現在のポンド安は、かなりのインパクトがあります。1ポンド=1ドルのパリティ(等価)割れが視野に入ったとの見方も浮上しています。将来、第2の「ポンド危機」として人々の記憶に残る歴史的な場面に出くわしているといってよいでしょう。