言葉からひも解くマーケット

【言葉からひも解くマーケット】第10回 為替介入「断固たる措置」

24年ぶり円安水準1ドル=143円

 

9月6日のNYマーケットで、ドル円は1998年8月以来、24年ぶり以上となる円安・ドル高水準1ドル=143円台まで上昇しました(図表1)。円安は輸入物価の上昇につながり、物価押し上げの大きな要因になります。年金暮らしの高齢者の生活を圧迫したり、2011年の東日本大震災をきっかけに原子力発電から輸入に頼った化石燃料による火力主体の発電に移行した電力関連のコスト引き上げにつながったりと、日本経済に悪影響を与えます。

 

 

 

景気の重しとなっている円安の阻止を望む声が、日本国民から多く聞かれるようになりました。政府・日銀が為替市場で円買い・ドル売り介入を行い、円安阻止に動くことはあるのでしょうか。残念ながら為替介入実施で、効果的にこの流れを止める期待はできません。

 

 

理解を得にくい日本の円安阻止のための為替介入

 

インフレに悩まされているのは日本だけではありません。多くの国々が高インフレに苦しんでいます。消費者物価(CPI)でみると、アメリカでは直近で発表となった7月CPIで、価格変動が大きなエネルギーと食品を除くコア指数は前年比+5.9%でした。前回6月と伸び率は変わらず、この局面のピークだった3月の6.5%と比べれば、落ち着きを見せてきたといえます。

 

一方、日本の7月コアCPIは、アメリカと少し異なり生鮮食品の除くベースですが前年比+2.4%と、6月の2.2%からさらに伸び率を広げていますが、伸び率の幅はアメリカの3分の1程度。生鮮食品・エネルギーを除くコアコアと呼ばれるCPIでは+1.2%と、伸び率は5~6分の1程度にすぎません。

 

ドル高は、アメリカのインフレの伸び鈍化の一助になっています。落ち着きを見せてきたとはいえ、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長や他のFRB高官が口を揃え、依然として高水準であるインフレの抑制を優先課題と述べています。インフレを抑えるための重要なポイントとなるドル相場を、力づくで押し下げるドル売り介入に同意しないでしょう。

 

まして、物価の伸びに高低差がかなりある日本の円買い・ドル売り介入に理解を示すとは思えません。円安を警戒する他方で、日米金利差の拡大につながる金融緩和の状態を維持する日本と協力して、アメリカがドル高・円安阻止に効果のある日米協調での為替介入を行う意味を見出さないでしょう。

 

実施するとしたら、円安阻止の効果は限定的ですが日本単独での介入となるでしょう。しかし、それは実際に円安を止めるというよりも、「当局も悪影響のある円安の進行回避に努めています」とのポーズをとるだけにすぎないかもしれません。何の手も打たないことへの批判をかわすためだけのものです。

 

 

言葉の流れ「投機的」→「断固たる措置」に注意

 

ドル円が今回140円に乗せた後、9月2日に為替の所轄官庁である財務省のトップ鈴木財務相は、「必要な場合には適切な対応を取る」と円安をけん制しました。しかし、同日に参加していた主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議において、為替に関する発言は「私も含めなかった」と述べています。当たり前ですが、為替市場で協調して介入などの行動を実施する兆しはまったくないことが改めて確認されました。

 

鈴木財務相は「政府として為替市場の動向、高い緊張感を持って注視していきたい」とも述べていましたが、為替市場に参加しているプロの投資家は、切迫感を持ってこれらの言葉を聞いていません。単独介入であるにせよ、実際に行動を起こすサインともいえるキラーフレーズが出てこないからです。

 

では当局者のどんな発言に気をつけなければならないか。2011年10月から11月にかけ過去最大規模の9兆円介入を行った際や、ややさかのぼり2010年9月に6年ぶりの介入を実施した際、いずれも円高局面での円売り介入ではありますが、「断固たる措置」を取るとの文言がきっかけになしました。

 

「断固たる措置」との発言を警戒するとともに、複線として「投機的な動き」など、実勢とそぐわない状況を示唆する「投機的」とのフレーズにも注意が必要となります。「投機的」→「断固たる措置」へと当局者の発言内容が変化したところがポイントになるでしょう。もっとも、流れを一変させる効果的な介入となるかどうかは、また別の話となります。

この連載の一覧
第121回「新政権の介入能力」日銀利上げとパッケージで効果発揮か
第120回「対中関税」米新政権の引き上げで金融市場圧迫
第119回「トランプトレードの賞味期限」財政悪化を焦点とした反動リスクも
第118回「与党過半数割れ」金融政策の舵取り困難に
第117回「日米新政権の親和性」に不安、金融混乱を懸念
第116回「英利下げ観測」の意識が強まりポンド安に
第115回「政治ショック」前言撤回で株安・円高再燃も
第114回「中国景気支援策」でリスク選好、国慶節連休明け以降も続くか注視
第113回「揺らぐ日銀」与党の責任ない場当たり的な圧力が市場を乱す
第112回「米大統領選挙・テレビ討論会」民主優位に沿うドル安先行、共和勝利ならドル高も不安定か
第111回「サームルール」米利下げ意識を高める
第110回「デュアルマンデート」FRBインフレから雇用へシフト
第109回「豪CPI」予想を上回るも伸び鈍化、豪ドル買い続きにくいか
第108回「日米中銀トップ発言」がマーケット左右
第107回「IMM円ショート取り崩し」一巡、動き落ち着くか?
第106回「ハト派←→タカ派転身」日銀高官発言で乱高下
第105回「金利引き上げペース」日銀、次回利上げ10月か
第104回「トランプトレード」に巻き戻し、次期米政権下でドル重いか
第103回「日銀当座預金見通し」で介入動向推察
第102回「仏左派躍進」サプライズの決戦投票結果
第101回「英政局への期待」ユーロ圏とのコントラストでユーロ安・ポンド高か
第100回「監視リスト」入りで介入しにくくなった?
第98回「欧州政局不安」極右台頭がユーロを不安定に
第97回「メキシコ初の女性大統領」新政権下のマーケット・為替は不安定か
第96回「終幕は視野」日銀デフレ・ゼロ金利との闘い
第95回「2%到達の確信」有無が米金利・ドルの行方左右
第94回「イエレン発言」で釘刺され円買い介入しづらい
第93回「介入余力」残り7-8回分、介入以外の円安抑制措置が必要
第92回「日米韓共同声明」為替介入の可能性は?
第91回「なんちゃって介入」挟みつつドル高・円安の流れ追う展開
第90回「RBNZ vs マーケット」利下げ時期を探るNZドル
第89回「粘着性」しつこいインフレ、底堅い他指標の合わせ技でドル堅調か
第88回「為替介入実績」区切りの28日以降の動き注視
第87回「噂で買って事実で売る」 地で行った円相場  日銀 異次元緩和の転換局面
第85回「もしトラ」から「ほぼトラ」「確トラ」へ  トランプ氏スーパーチューズデー圧勝
第84回「日経平均株価が最高値更新」も、ドル円の上攻めもう一押し支援必要か
第83回「テクニカルリセッション」も円買い介入のため異次元緩和解除へ
第82回「日米労働市況格差」が示す円安・ドル高
第81回「FOMC投票権」メンバーのタカ・ハト変遷注視
第80回「IMF世界経済見通し」ドル>ユーロ>円 示唆か
第79回「フィボナッチ61.8%水準」で底堅さ示すドル円
第78回「Xリスク」トランプ復活が歪なマーケット急襲
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第76回「利下げ議論」したFRB/しないECB差異でドル・ユーロに明暗
第75回「チャレンジングな状況」肩透かし、日銀マイナス金利解除を急がず?
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第73回「HICP」鈍化、ECB目標達成の前倒しも
第72回「コスト構造の変化」ユーロ圏経済を圧迫
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第69回「原油安」豪ドルなど資源国通貨は重い動きに
第68回「第1の力」→「第2の力」バトンタッチ確認できない日銀、円安も止まらず
第67回「悪い金利上昇」米長期金利5%、高位も安定欠きドル円は重いまま
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第65回「中東リスク」日米休場マーケット急襲、複雑で問題長期化へ
第64回「JOLTS好結果」→「米金利上昇/ドル高・円安」vs『覆面介入?』に続く、三つ巴「米雇用統計」×「米金利・為替動向」×『介入有無』注視
第63回「原油高」1.5倍のドル買い・円売りインパクト
第62回「BOE利上げ打ち止め観測」→ECBの動向も影響
第61回「RBA(豪準備銀行)悪手」打つリスク
第60回「ファンダメンタルズから乖離」と主張しにくい円安
第59回「ジャクソンホール・キーワード」日米金融政策格差
第58回「前年度効果」はく落の影響が不透明、ジャクソンホールのインフレ終息宣言は難しいか
第57回「アメリカ経済ソフトランディング期待」も当局とマーケットの金利観ギャップではく落か
第56回「フィッチ・ショック」はショック?
第55回「サプライズ必至」だった日銀YCC修正を7月会合で決定も為替は円安、日銀緩和継続観測による円安続くか
第54回「サプライズ必至」の日銀YCC修正、7月は回避?
第53回「7月FOMC以降の追加利上げ」の有無を見据えて動き出すマーケット
第52回「米利上げ軌道維持」も単月の景気・インフレ指標に振らされマーケット不安定
第51回「元安」当局下支えも下落リスク継続 連れて円安加速も
第50回「行き過ぎた動きには適切に対応」円安への対処 口先から実弾へ移行するか
第49回「FEDピボット」と個別要因の複合判断が必須
第48回「3者会合ライン」140.93円 仕掛けたい投機筋
第47回「インフレ期待低下」ECB政策・ユーロ相場は神経質な局面
第46回「米利上げスキップ」の有無
第45回「フリーダム・コーカス」共和党強硬派が米債務上限交渉をかく乱
第44回「Xデー」前に米与野党にらみ合い
第43回「KBW地方銀行株指数」が鳴らす警鐘
第42回「新日銀総裁・初会合」改めて緩和継続を示唆し株高・円安か
第41回「米景気先行指数」で米株高なら日本株に好影響
第40回「YCC・マイナス金利継続」日銀・出口まだ、為替は米金融政策との兼ね合いもありCPIに注意
第39回「JOLTS」米雇用統計へ準ずる注目指標に
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為替情報部 アナリスト

関口 宗己

1987年商品取引会社に入社、市場業務を担当。1996年、シカゴにて商品投資顧問(CTA)のライセンスを取得。 市況サービス担当を経て、1999年より外国為替証拠金取引に携わり、為替ブローキングやIMM(国際通貨先物)市場での取引を経験した。 その後、外国為替証拠金取引会社で市況サービスを担当した後、2006年2月にマネーアンドマネー(現・DZHフィナンシャルリサーチ)記者となる。日本テクニカルアナリスト協会検定会員(CTMA2)。日本ファイナンシャルプランナー協会AFP。 その他、社会科教員免許、特許管理士、ボイラー技師、宅地建物取引主任試験合格証などを所持。趣味では2級小型船舶免許、オープンウォーター・スキューバダイビング免許を取得している。

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