言葉からひも解くマーケット

【言葉からひも解くマーケット】第2回「円安デメリット」

急激に進む「円安」の「デメリット」が警戒されている。円相場は対ドルで24年ぶりの安値水準137円台に乗せた。輸出企業の価格競争力を向上させるとして好感されてきた円安。しかし、急激に円売りが進み、日本の購買力は低下している。輸入物価を押し上げて家計と圧迫。景気の押し下げ要因と考えられるようになってきた。

 

>円安メリット<

これまで円安は、総じてマーケット関係者が好感する材料≒メリットと受け止められやすかった。日本の株式市場で時価総額が大きい企業の製品・自動車や電機製品、工作機械などを輸出する際のドル建て価格の割安感につながり販売数量の増加に寄与。企業が保守的な予想をもとにやや円高水準に設定した想定為替レートと比較して為替相場が円安方向になればなるほど、海外向けの販売で稼いだ外貨を本国・日本へ還流・円転した際の円建て利益も押し上がる。

 

円安が円建て利益の増加による好決算につながれば、株価の上昇要因となる。好調な株式市場の動向が投資家のリスク許容度を高めれば、より積極的に利益を狙いにいくモチベーションが強まり、海外市場の株などを買うために外貨買い・円売りを行うという循環も生まれてくる。円安が株高へつながり、株高が円安へつながるという図式だ。

 


好感されにくくなってきた円安

ただ、ここもと円安をポジティブに受け止めるより、ネガティブな材料としてニュースのヘッドラインで扱われることがほとんど。猛暑もあって高まる電力需要を賄うため、エネルギー資源を輸入に依存する日本は、ドル建て価格が切り上がった石炭や液化天然ガス(LNG)、原油などエネルギー資源を、円が売られやすく円での支払い額がかさみやすい状態のなかで手に入れなければならない。

 

東日本大震災があった2010年付近まで3割程度を占めていた原子力発電のシェアは、直後の原発稼働停止からわずかに回復したものの2021年で6%弱(出所;電力調査統計など)。化石燃料による火力発電が7割以上を占めている。2014年のピーク88%弱から16%ポイントほど低下し、2020年の75%弱からも下がっており低下傾向を継続しているが、依然として高水準。エネルギーの輸入価格高騰が、経済を圧迫するリスクが懸念されている。

 

原油ほかエネルギー価格の上昇は、投資対象として株価動向などと同様に、上昇が市場のリスク許容度の高まりにつながる材料と考えられる局面もある。しかし、現在はエネルギー価格の上昇が経済停滞を連想させ、株価を圧迫する要因となる場合が目立つ。この傾向は欧州市場に顕著で、足もとのユーロ売りの大きな要因ともなっている。そのほか円安で穀物などの輸入価格も上昇。家計を圧迫。国内総生産(GDP)の6割近くを占める消費が減退し、これも成長率の低迷を長引かせかねない。

 


供給停滞でダブルパンチ

為替要因だけでなく、供給サイドの要因が物価を押し上げている状況も重なり、マーケットの環境を悪化させている。ウクライナ侵攻を理由にロシア産原油の禁輸に各国が動いている。世界の穀物庫とされるウクライナからの輸出が稼働していない悪条件も重なっている。6月24日に発表となった本邦の6月消費者物価指数(CPI)は変動の激しい生鮮食品を除いたベースで前年比+2.1%(図表1)。日銀は大規模な金融緩和で物価の引き上げに働きかけてきたものの、賃金の上昇が追いつかないなかでは好材料にならない。7月12日発表の企業物価指数は前年比+9.2%となり、前年同月の水準を上回ったのは16カ月連続となる。2020年平均を100とすると、6月は指数ベースで113.8。統計が開始された1960年1月の以来で最高の水準となる。企業が商品価格に原材料費の上昇を転嫁させ始めているため、物価などCPIへの影響もさらに強まりそう。サービス価格の上昇にも波及している。



日本・主要各国の金融政策格差

とはいえ、景気の腰折れを回避するために日銀が金融緩和継続の姿勢を示している一方、米連邦準備理事会(FRB)ほか各国主要中銀が金融政策の正常化に動くなかでは、金融政策格差が円安を後押ししそうな状況が継続しそうだ。円安→物価上昇→景気配慮の金融緩和継続→円安のスパイラルが続くことになるだろう。「円安」のメリットより「デメリット」をにらんで臨む局面が長引くとみる。

この連載の一覧
第92回「日米韓共同声明」為替介入の可能性は?
第91回「なんちゃって介入」挟みつつドル高・円安の流れ追う展開
第90回「RBNZ vs マーケット」利下げ時期を探るNZドル
第89回「粘着性」しつこいインフレ、底堅い他指標の合わせ技でドル堅調か
第88回「為替介入実績」区切りの28日以降の動き注視
第87回「噂で買って事実で売る」 地で行った円相場  日銀 異次元緩和の転換局面
第85回「もしトラ」から「ほぼトラ」「確トラ」へ  トランプ氏スーパーチューズデー圧勝
第84回「日経平均株価が最高値更新」も、ドル円の上攻めもう一押し支援必要か
第83回「テクニカルリセッション」も円買い介入のため異次元緩和解除へ
第82回「日米労働市況格差」が示す円安・ドル高
第81回「FOMC投票権」メンバーのタカ・ハト変遷注視
第80回「IMF世界経済見通し」ドル>ユーロ>円 示唆か
第79回「フィボナッチ61.8%水準」で底堅さ示すドル円
第78回「Xリスク」トランプ復活が歪なマーケット急襲
第77回「地震の影響」「『異次元』解除」見極めつつ、足もとの「米CPI・PPI」も注目
第76回「利下げ議論」したFRB/しないECB差異でドル・ユーロに明暗
第75回「チャレンジングな状況」肩透かし、日銀マイナス金利解除を急がず?
第74回「チャレンジングな状況」日銀マイナス金利解除を後押しか
第73回「HICP」鈍化、ECB目標達成の前倒しも
第72回「コスト構造の変化」ユーロ圏経済を圧迫
第71回「引き締め効果」金利低下で後退、米政策金利は高止まりか
第70回「制約的スタンス」達成可否に注目
第69回「原油安」豪ドルなど資源国通貨は重い動きに
第68回「第1の力」→「第2の力」バトンタッチ確認できない日銀、円安も止まらず
第67回「悪い金利上昇」米長期金利5%、高位も安定欠きドル円は重いまま
第66回「リスクセンチメント悪化」NZドル圧迫、政権交代後への期待も支えとならず
第65回「中東リスク」日米休場マーケット急襲、複雑で問題長期化へ
第64回「JOLTS好結果」→「米金利上昇/ドル高・円安」vs『覆面介入?』に続く、三つ巴「米雇用統計」×「米金利・為替動向」×『介入有無』注視
第63回「原油高」1.5倍のドル買い・円売りインパクト
第62回「BOE利上げ打ち止め観測」→ECBの動向も影響
第61回「RBA(豪準備銀行)悪手」打つリスク
第60回「ファンダメンタルズから乖離」と主張しにくい円安
第59回「ジャクソンホール・キーワード」日米金融政策格差
第58回「前年度効果」はく落の影響が不透明、ジャクソンホールのインフレ終息宣言は難しいか
第57回「アメリカ経済ソフトランディング期待」も当局とマーケットの金利観ギャップではく落か
第56回「フィッチ・ショック」はショック?
第55回「サプライズ必至」だった日銀YCC修正を7月会合で決定も為替は円安、日銀緩和継続観測による円安続くか
第54回「サプライズ必至」の日銀YCC修正、7月は回避?
第53回「7月FOMC以降の追加利上げ」の有無を見据えて動き出すマーケット
第52回「米利上げ軌道維持」も単月の景気・インフレ指標に振らされマーケット不安定
第51回「元安」当局下支えも下落リスク継続 連れて円安加速も
第50回「行き過ぎた動きには適切に対応」円安への対処 口先から実弾へ移行するか
第49回「FEDピボット」と個別要因の複合判断が必須
第48回「3者会合ライン」140.93円 仕掛けたい投機筋
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第46回「米利上げスキップ」の有無
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第44回「Xデー」前に米与野党にらみ合い
第43回「KBW地方銀行株指数」が鳴らす警鐘
第42回「新日銀総裁・初会合」改めて緩和継続を示唆し株高・円安か
第41回「米景気先行指数」で米株高なら日本株に好影響
第40回「YCC・マイナス金利継続」日銀・出口まだ、為替は米金融政策との兼ね合いもありCPIに注意
第39回「JOLTS」米雇用統計へ準ずる注目指標に
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為替情報部 アナリスト

関口 宗己

1987年商品取引会社に入社、市場業務を担当。1996年、シカゴにて商品投資顧問(CTA)のライセンスを取得。 市況サービス担当を経て、1999年より外国為替証拠金取引に携わり、為替ブローキングやIMM(国際通貨先物)市場での取引を経験した。 その後、外国為替証拠金取引会社で市況サービスを担当した後、2006年2月にマネーアンドマネー(現・DZHフィナンシャルリサーチ)記者となる。日本テクニカルアナリスト協会検定会員(CTMA2)。日本ファイナンシャルプランナー協会AFP。 その他、社会科教員免許、特許管理士、ボイラー技師、宅地建物取引主任試験合格証などを所持。趣味では2級小型船舶免許、オープンウォーター・スキューバダイビング免許を取得している。

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