言葉からひも解くマーケット

第73回「HICP」鈍化、ECB目標達成の前倒しも

HICP水準、ECB目標と誤差の範囲か

 

ユーロ圏消費者物価指数(HICP)が予想以上に鈍化したことでユーロが軟調に推移しています。2025年の欧州中央銀行(ECB)物価目標達成の見通しが前倒しになるとの思惑も高まりそうです。ヒストリカルな視点で見れば現在のHICPと目標水準は誤差の範囲ともいえそうです。ただ、マーケットが前のめりで利下げを織り込み過ぎるリスクにも注意は必要でしょう。

 

30日発表の11月ユーロ圏HICP速報値は前年同月比+2.4%と、市場予想の+2.7%以上に伸びが鈍化して、10月の+2.9%から大幅に減速しました(図表1)。ECBが中長期的な物価安定目標とする2%へ向けた道筋が見えてきたと評価されています。

 

 

 

消費者物価指数と聞くと略号として通常思い浮かぶのはCPI(Consumer Price Index)だと思います。一方で「HICP」(Harmonized Indices of Consumer Prices)は、ユーロ圏全体の総合的な消費者物価の動向を表すために、各国で基準が異なる消費者物価指数を欧州共同体(Europian Community:EC)の基本条約であるマーストリヒト条約の下で定めた統一基準で算定した消費者物価指数(統一基準消費者物価指数)です。

 

足もとの動きだけでなく長期的な視線で見ると11月の「HICP」は物価が急速に落ち着いたことを示しているとより感じられます。約1年前、昨年10月時点で10.7%だった物価の伸びが、2021年7月以来の水準まで低下しています。ヒストリカルな視点からすれば、「HICP」とECB物価目標2%との差は誤差の範囲といってもよいでしょう。変動の大きい食品・エネルギー・酒・タバコを除くベースのコア指数も緩やかな低下を続けそうです。

 

 

ユーロ軟調、2025年の物価目標達成観測の前倒しも

 

HICPの動きを受け、ユーロは軟調に推移しています(図表2)。11月29日には一時1.1009ドルと8月10日以来、3カ月半ぶりに1.10ドル台を回復していました。同14日発表の11月独ZEW(欧州経済研究所)景況指数が市場予想を大きく上回る強さとなったことや、ユーロ圏の経済指標で最も為替ほか金融マーケットの動意につながりやすいとして注目される購買担当者景気指数(PMI)や、ユーロ圏統合以前から代表的な欧州景況指数として重視されていた独Ifo企業景況感指数の改善などが支援となっていました。 

 

 

しかしピーク感が漂い始めるなかでHICPの鈍化が明らかになって下落が進行。1.07ドル台まで下値を探っています。7月に1.12ドル台で年初来高値を付けた後、11月の1.10ドル台で2番天井を形成したようにも見えます。

 

HICPがここまで鈍化する以前から、複数のECB高官から物価目標達成に関する自信を示す言葉が多く聞かれていました。前回10月26日のECB理事会以前、すでにビルロワドガロー仏中銀総裁などが「2025年末までに目標へ到達する見込み」と発言していました。

 

10月ECB理事会では昨年7月に利上げを開始してから11会合ぶりに利上げの見送りを決定。インフレ基調を示すほとんどの指標で緩和が続いているとの判断が示されていました。

 

ラガルドECB総裁は理事会後の会見で「インフレは依然として高いまま」とけん制しつつも「近いうちに低下へ」との見解を述べました。その後11月4日にはECBウェブサイト上で「インフレ率を2%まで減速させる決意」「2025年には達成」としていました。

 

2025年とされる目標達成時期の前倒し観測も高まりそうな状態となってきました。いったんここまで「HICP」が低下すれば綾戻しのような上振れがあっても下向きのトレンドを大きく崩すまでにはならないだろうとの思惑が抱かれやすいでしょう。

 

気をつけなければならないのは、物価目標へ向けた引き締め効果のはく落を懸念して、ラガルド総裁ほかECB高官が「利下げについて議論せず」「時期尚早」などと繰り返し述べる可能性がある点。マーケットが前倒しで急速に利下げを織り込むようなかたちとなると、巻き戻しを余儀なくされる場面もありそうです。

この連載の一覧
第93回「介入余力」残り7-8回分、介入以外の円安抑制措置が必要
第92回「日米韓共同声明」為替介入の可能性は?
第91回「なんちゃって介入」挟みつつドル高・円安の流れ追う展開
第90回「RBNZ vs マーケット」利下げ時期を探るNZドル
第89回「粘着性」しつこいインフレ、底堅い他指標の合わせ技でドル堅調か
第88回「為替介入実績」区切りの28日以降の動き注視
第87回「噂で買って事実で売る」 地で行った円相場  日銀 異次元緩和の転換局面
第85回「もしトラ」から「ほぼトラ」「確トラ」へ  トランプ氏スーパーチューズデー圧勝
第84回「日経平均株価が最高値更新」も、ドル円の上攻めもう一押し支援必要か
第83回「テクニカルリセッション」も円買い介入のため異次元緩和解除へ
第82回「日米労働市況格差」が示す円安・ドル高
第81回「FOMC投票権」メンバーのタカ・ハト変遷注視
第80回「IMF世界経済見通し」ドル>ユーロ>円 示唆か
第79回「フィボナッチ61.8%水準」で底堅さ示すドル円
第78回「Xリスク」トランプ復活が歪なマーケット急襲
第77回「地震の影響」「『異次元』解除」見極めつつ、足もとの「米CPI・PPI」も注目
第76回「利下げ議論」したFRB/しないECB差異でドル・ユーロに明暗
第75回「チャレンジングな状況」肩透かし、日銀マイナス金利解除を急がず?
第74回「チャレンジングな状況」日銀マイナス金利解除を後押しか
第73回「HICP」鈍化、ECB目標達成の前倒しも
第72回「コスト構造の変化」ユーロ圏経済を圧迫
第71回「引き締め効果」金利低下で後退、米政策金利は高止まりか
第70回「制約的スタンス」達成可否に注目
第69回「原油安」豪ドルなど資源国通貨は重い動きに
第68回「第1の力」→「第2の力」バトンタッチ確認できない日銀、円安も止まらず
第67回「悪い金利上昇」米長期金利5%、高位も安定欠きドル円は重いまま
第66回「リスクセンチメント悪化」NZドル圧迫、政権交代後への期待も支えとならず
第65回「中東リスク」日米休場マーケット急襲、複雑で問題長期化へ
第64回「JOLTS好結果」→「米金利上昇/ドル高・円安」vs『覆面介入?』に続く、三つ巴「米雇用統計」×「米金利・為替動向」×『介入有無』注視
第63回「原油高」1.5倍のドル買い・円売りインパクト
第62回「BOE利上げ打ち止め観測」→ECBの動向も影響
第61回「RBA(豪準備銀行)悪手」打つリスク
第60回「ファンダメンタルズから乖離」と主張しにくい円安
第59回「ジャクソンホール・キーワード」日米金融政策格差
第58回「前年度効果」はく落の影響が不透明、ジャクソンホールのインフレ終息宣言は難しいか
第57回「アメリカ経済ソフトランディング期待」も当局とマーケットの金利観ギャップではく落か
第56回「フィッチ・ショック」はショック?
第55回「サプライズ必至」だった日銀YCC修正を7月会合で決定も為替は円安、日銀緩和継続観測による円安続くか
第54回「サプライズ必至」の日銀YCC修正、7月は回避?
第53回「7月FOMC以降の追加利上げ」の有無を見据えて動き出すマーケット
第52回「米利上げ軌道維持」も単月の景気・インフレ指標に振らされマーケット不安定
第51回「元安」当局下支えも下落リスク継続 連れて円安加速も
第50回「行き過ぎた動きには適切に対応」円安への対処 口先から実弾へ移行するか
第49回「FEDピボット」と個別要因の複合判断が必須
第48回「3者会合ライン」140.93円 仕掛けたい投機筋
第47回「インフレ期待低下」ECB政策・ユーロ相場は神経質な局面
第46回「米利上げスキップ」の有無
第45回「フリーダム・コーカス」共和党強硬派が米債務上限交渉をかく乱
第44回「Xデー」前に米与野党にらみ合い
第43回「KBW地方銀行株指数」が鳴らす警鐘
第42回「新日銀総裁・初会合」改めて緩和継続を示唆し株高・円安か
第41回「米景気先行指数」で米株高なら日本株に好影響
第40回「YCC・マイナス金利継続」日銀・出口まだ、為替は米金融政策との兼ね合いもありCPIに注意
第39回「JOLTS」米雇用統計へ準ずる注目指標に
第38回「VIX」恐怖指数で金融不安のマーケットへの影響を判断
第37回「欧・米金融政策格差」ユーロ底堅いか
第36回「米銀破綻」金融政策への影響予想どっちつかずで不透明
第35回「FRB高官発言」欲望と恐怖の往復ビンタ
第34回「米利上げ長期化観測」根拠となった米経済指標の行方注視
第33回「FOMC投票メンバー」強いデータでタカ派へ傾斜
【言葉からひも解くマーケット】第32回「日銀新人事」確定目前、巻き戻しの円安
【言葉からひも解くマーケット】第31回「ECBタカ派姿勢」に揺らぎ
【言葉からひも解くマーケット】第30回「政府・日銀の共同声明」見直し、大幅な緩和後退とは限らず
【言葉からひも解くマーケット】第29回「次期日銀総裁」どう転んでも黒田総裁よりタカ派
【言葉からひも解くマーケット】第28回「日銀政策変更インパクト」0.25%でドル円は4円変動
【言葉からひも解くマーケット】第27回「インフレピークアウト」決め打ちはリスキー
【言葉からひも解くマーケット】第26回「ゼロコロナ崩壊」、足もとの楽観に危うさ
【言葉からひも解くマーケット】第25回「事実上の利上げ」日銀が市場を痛めつける
【言葉からひも解くマーケット】第24回「ドットチャート」FOMCの焦点
【言葉からひも解くマーケット】第23回「WTI原油先物」軟調、マーケットはリスク回避意識か
【言葉からひも解くマーケット】第22回「ゼロコロナ」八方塞がりでマーケット混乱が続くか
【言葉からひも解くマーケット】第21回「FOMC投票メンバー」からみる米金融政策の行方
【言葉からひも解くマーケット】第20回「逆CPIショック」でドル安が一気に進む?
【言葉からひも解くマーケット】第19回「ねじれ議会」米中間選挙でトリプル安リスク
【言葉からひも解くマーケット】第18回「ターミナルレート」ドル上昇持続性のヒント
【言葉からひも解くマーケット】第17回「インフレヘッジ」の為替取引
【言葉からひも解くマーケット】第16回「覆面介入」してる?
【言葉からひも解くマーケット】第15回「英国債」に振らされるマーケット
【言葉からひも解くマーケット】第14回「IMMポジション」円売り圧力 vs 本邦円買い介入
【言葉からひも解くマーケット】第13回「ポンド危機」再来?
【言葉からひも解くマーケット】第12回「日銀レートチェック」
【言葉からひも解くマーケット】第11回「フェドウォッチ」FOMC織り込み度
【言葉からひも解くマーケット】第10回 為替介入「断固たる措置」
【言葉からひも解くマーケット】第9回「天然ガス」が欧州経済やユーロ圏マーケットを荒らす
【言葉からひも解くマーケット】第8回「PCEコアデフレーター」インフレの落ち着き示すか
【言葉からひも解くマーケット】第7回「ソフトデータ」
【言葉からひも解くマーケット】第6回「タカ派・ハト派」のすう勢を注視
【言葉からひも解くマーケット】第5回「期待インフレ率」で市場は右往左往
【言葉からひも解くマーケット】第4回「逆イールド」は不安心理の現れ
【言葉からひも解くマーケット】第3回「織り込み度」
【言葉からひも解くマーケット】第2回「円安デメリット」
【言葉からひも解くマーケット】第1回「中立金利」

為替情報部 アナリスト

関口 宗己

1987年商品取引会社に入社、市場業務を担当。1996年、シカゴにて商品投資顧問(CTA)のライセンスを取得。 市況サービス担当を経て、1999年より外国為替証拠金取引に携わり、為替ブローキングやIMM(国際通貨先物)市場での取引を経験した。 その後、外国為替証拠金取引会社で市況サービスを担当した後、2006年2月にマネーアンドマネー(現・DZHフィナンシャルリサーチ)記者となる。日本テクニカルアナリスト協会検定会員(CTMA2)。日本ファイナンシャルプランナー協会AFP。 その他、社会科教員免許、特許管理士、ボイラー技師、宅地建物取引主任試験合格証などを所持。趣味では2級小型船舶免許、オープンウォーター・スキューバダイビング免許を取得している。

関口 宗己の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております