やってはいけないこれだけの理由

第107回「日銀のパラダイムシフト…これまで通りの考えでやってはいけない」

7月の日銀政策決定会合


7月の30-31日に日銀の政策決定会合が開かれました。

ここまで注目が集まったのは数十年ぶりと思われる会合となりました。


結果としては政策金利を0.25%に引き上げ、長期国債の買い入れ減額を決定しました。

また、その後の植田日銀総裁の会見では、今後の追加利上げも示唆するタカ派発言となりました。


なぜここまで注目されたのか?


今回の日銀の政策決定会合がこれまでよりもなぜ注目されたかというのは

市場では利上げが出来ないという意見と、利上げをせざるおえないという意見に分かれたからです。


そもそも、中央銀行がどのような理由で政策金利を変更するのかは、様々なデータ(経済指標)の結果をみて

会合(理事会、金融政策委員会等呼び方はたくさんあります)で利上げ、据え置き、利下げが決定されます。


利下げをした欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行(BOE)も事前のインフレ指標が低下していたことで、市場は理事会での利下げを予想し、実際に利下げを実施しました。

おそらく米連邦準備理事会(FRB)も9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、利下げを行う予想になっていますが、今後の経済指標がよほど強くない限りは、まず予想を翻さないのではないかと思われます。

要するに、ほとんどの経済指標の結果に則り判断していることで、結果発表前後には混乱は少ないです。


しかし、今回の日銀はどうだったでしょうか?

これは第103回「円安を本当に止める気があるのか・・・何が信用できるかを確かめないでやってはいけない」に記載しましたが

データ(経済指標)だけを見ると、日銀が諸手を上げて利上げをできるような状況ではありませんでした


前回6月13-14日の日銀政策決定会合で、7月の会合で長期国債の買い入れの減額や短期金利の引き上げを示唆しました。

しかし、その後に確報値が出た1-3月期の実質国内総生産(GDP)は大幅に下方修正し前年比で-1.8%から-2.9%になりました。

実質賃金も過去最長のマイナスを更新し続け、消費支出の伸びも弱いままです。

全国消費者物価指数(CPI)を基に算出して発表した基調的なインフレ率では、6月は刈込平均値は2カ月連続して2%を上回ったものの、加重平均値は1.4%、最頻値は1.6%と決してインフレは高進していません。


この状況下では利上げなどできないという意見が多かったのも頷けます。



政府圧力に屈する…今後は常識は通じない


このように通常では考えにくい状況で利上げをしたわけですが、ではなぜ利上げしたのでしょうか?

様々な要因はありますが、例えば「コアCPIが2%を安定して超えている」

「円安のために動かざるおえなかった」「春闘で賃上げが確認された」などがあげられています。


そして、一番市場でうわさされているのは「与党の圧力に従わざる負えなかった」ということです。

ポスト岸田候補の河野デジタル相、茂木自民党幹事長などが、会合数週間前から圧力と捉えられる発言が相次ぎました。

また、会合前日に林官房長官は「日銀には政府と密接に連携を図り、適切な金融政策運営を望む」と発言しています。

弱い経済指標にも関わらず、日銀の外堀は埋まってしまっていました。


このような状況で日銀が利上げしたことは、日銀のパラダイムシフトと呼べます。

パラダイムとは、これまで規範ということですが、それがシフト(移る・変わる)わけで、これまでの範疇では、今後は図ることが出来なくなったということです。


植田日銀総裁が就任した時に、政府関係者は「岸田政権が植田日銀に求めているのは、金融政策のパラダイムシフトではない」と明言しましたが、ふたを開けてみるとやはりパラダイムシフトだったと言えます。


今回の会合で同時に発表された「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」では2024年度の消費者物価指数(CPI、除く生鮮食品)見通しを4月の+2.8%から+2.5%へ下方修正。

同様にGDPも4月の+0.8%から+0.6%を同様に下方修正しています。

一方で、植田日銀総裁の会見では「経済・物価見通しが実現していけば、引き続き政策金利を引き上げる」と発言しています。インフレやGDP見通しを下方修正しているにもかかわらず、見通しが実現していけば、政策金利をまた引き上げるというのは意味不明です。


このように、これまでのパラダイムでは動かないことになった日銀ですので、経済指標よりも政治的な圧力が一番重要になったと思ってもよいのかもしれません。

よって、これまで通りの規範で日銀の動きを判断してはいけないようになったと思われます。


なお、政治圧力に負けて中銀の独立性が保たれない国の通貨は売られる傾向になります。

今後の円相場がどのようになるのかが注目されます。


この連載の一覧
第113回「FRBの2大責務…今は何を重要視しているかを知らないでやってはいけない」
第112回「バイアスがかかった考えをもってやってはいけない」
第111回「円相場を見るならアジア通貨の動きを見ないでやってはいけない」
第110回「7・8月の相場を振り返る・・・この反省を生かさないでやってはいけない」
第109回「日銀の政策決定会合の結果発表時間がなぜ定まらないのか」
第108回「日銀のパラダイムシフト2…正副総裁が市場流動性を破壊」
第107回「日銀のパラダイムシフト…これまで通りの考えでやってはいけない」
第105回「スポーツ賭博もFXも②・・・嘘が常態化する人はやってはいけない」
第104回「自分が一番大事?・・・様々なことを勘繰らないでやってはいけない」
第103回「円安を本当に止める気があるのか・・・何が信用できるかを確かめないでやってはいけない」
第102回「クロス円をしっかり見ないでやってはいけない」
第101回「介入を過度に警戒してはいけない」
第100回「CPI後のFOMC、ドットプロントに織り込んだか吟味しないでやってはいけない」
第99回「南ア政局・・・これを知らないでランド取引はやってはいけない」
第98回「G7財務相・中央銀行総裁会議・・・結果を調べないでやってはいけない」
第97回「南ア総選挙、これを知らないでやってはいけない」
第96回「ラーメン3000円も高くない、自作自演の円安を知らないでやってはいけない」
第95回「利上げだけで円安が止まると思ってやってはいけない」
第94回「介入にも限界があることを知らないでやってはいけない」
第93回「スポーツ賭博もFXも①・・・バンプはやってはいけない」
第92回「毎回同じ理由で動くと思ってやってはいけない」
第91回「クロス通貨・・・どのように算出しているか知らないでやってはいけない」
第90回「FXの世界のギャンブル依存症・・・このような人はFXもやってはいけない」
第89回「カントリーリスク・・・混迷する世界情勢を知らないでやってはいけない?」
第88回「チャートポイントを信じますか?・・こんなチャート利用法はやってはいけない」
第87回「それって何の講演?・・・講演内容を知らないでやってはいけない」
第86回「タカ派ハト派を更新していますか?・・・最新の発言をアップデートしないでやってはいけない」
第84回「月のアノマリーはあるのか・・・その月の特徴を知らないでやってはいけない?」
第83回「中央銀行も変わる・・・マイナーチェンジを知らないでやってはいけない」
第82回「コンプライアンス・・・時代の移り変わりを知らずにやってはいけない」
第81回「こういう人はFXをやってはいけない③・・・利食えない人はやってはいけない」
第80回「こういう人はFXをやってはいけない②・・・損切りが遅い人はやってはいけない」
第79回「こういう人はFXをやってはいけない①・・・自分が正しいと思う人はやってはいけない」
第78回「なぜ年末は取引をやってはいけないのか・・・応当日の特殊事情」
第77回「今年1年は何をやったら儲かったか・・・反省せずに来年はやってはいけない」
第76回「昨年の値動きを忘れずにやってはいけない」
第75回「今年は今週でおしまい?・・・最後の2週間はやってはいけないこと」
第74回「実弾介入しか防げない・・・根強い円安基調でやってはいけないこと」
第73回「感謝祭相場・・・11月の特別事情を知らないでやっていけない」
第72回「要人発言を吟味しないでやってはいけないこと・・・介入は入らない?」
第71回「スイスフランの値動きを見ないで、やってはいけない」
第70回「10月の介入実績ゼロ、介入の噂だけを信じてやってはいけない」
第69回「下手な鉄砲は数撃っても当たるのか?・・・動かない相場の時は何をしてはいけないか」
第68回「中東紛争・・・過去とのFXの動きが違うことを考慮しなくてやってはいけない」
第67回「NZ総選挙を知らずにやるな・・・今日はNZドルに要注意」
第66回「米政治・次回は政府閉鎖も・・・FXも動く可能性あり」
第65回「月末は余裕がない人はやってはいけない」
第64回「ストライキ・・・舐めてはいけない経済への影響」
第63回「どうせなら格好よく言おう・・・こういえば通と思われる?」
第62回「NZ・10月総選挙・・・これを知らないでNZドルを取引してはいけない」
第61回「食料インフレ・・・国によって違うことを知らないでやってはいけない」
第60回「インフレ指標・・・これを知らずにやってはいけない」
第59回「夏枯れ相場でも手を出す3タイプのディーラー・・・やってはいけないのは?」
第58回「中銀は内容だけでなくスケジュールも異なる」
第57回「日銀?分からないときはやってはいけない・・・海外勢は理解不能」
第56回「ブラックアウト期間を知らないでやってはいけない…国によっても違う」
第54回「新聞を確かめずにやってはいけない」
第53回「スワップポイントを知らずにやってはいけない」
第52回「日銀の利上げ?・・・準備を怠らずにやってはいけない」
第51回「対ドル以外の取り引きを見ないでやってはいけない」
第50回「時間帯を知る②東京市場とは・・・これを知らずにやってはいけない」
第49回「時間帯を知る①月曜早朝取引・・・これを知らずにやってはいけない」
第48回「歴史は繰り返す・・・過去の動きを忘れてやってはいけない」
第47回「政治的な動きを知らなくてはやってはいけない」
第45回「経済指標での動きを50/50と思ってやってはいけない」
第46回「常に知識・情報をアップデートしないといけない」
第44回「銀行の融資状況を知らなくてFXをやってはいけない」
第43回「雇用・CPI等から、新たな視点に変えないでやってはいけない」
第42回「フェドウォッチを見ないでFXをやってはいけない・・・年末は95%利下げ予想」
第41回「高金利通貨は各国の状況を知らないとやってはいけない」
第40回「金融危機はまだ去っていない、最良のCEOの言葉を無視してはやってはいけない」
第39回「ドットプロットとフェドウォッチのずれを判断しないでやってはいけない」
第38回「若者こそFX取引を・・・その2、やってはいけないでなく、やってほしい」
第37回「銀行の救済問題、詳細を把握せず取引してはいけない」
第36回「若者こそFX取引を・・・その1、やってはいけないでなく、やってほしい」
第35回「肌感覚を大切にしないでやってはいけない」
第34回「タカ派・ハト派を知らずやってはいけない」
第33回「政治家の発言を吟味して取引しないといけない」
第32回「ポンドドル、ポンド円の取引をやってはいけない」
第31回「新たに注目される指標を無視してトレードをやってはいけない」
第30回「次の日銀総裁の意向を考えないで、やってはいけない」
第29回「他の市場の動きを無視して、やってはいけない」
第28回「中銀の独立性がない国の通貨はやって(買って)はいけない?」
第27回「昨年は何の通貨をやってはいけなかったか?」
第26回「提供されているヒントを無視することを、やってはいけない」
【やってはいけないこれだけの理由】第25回「重要イベント前にポジションを取ってはいけない」
【やってはいけないこれだけの理由】第24回「12月にトレードをやってはいけない」
【やってはいけないこれだけの理由】第23回「スケジュールを見ないで取引をやってはいけない…先週なぜ大きく動いたか」
【やってはいけないこれだけの理由】第22回「金利上昇=通貨買いをやってはいけない」
【やってはいけないこれだけの理由】第21回「FOMC…乗り遅れない!今年のメンバーはもう忘れよう」
【やってはいけないこれだけの理由】第20回「ファンダメンタルズには逆らうな」
【やってはいけないこれだけの理由】第19回「日本語を信じるな…翻訳ソフトで良いので原文を読む」
【やってはいけないこれだけの理由】第18回「サプライズ介入は成功するのか?」
【やってはいけないこれだけの理由】第17回「市場との対話、今回は大失敗?」
【やってはいけないこれだけの理由】第16回「アジア時間の欧州通貨の動きを捨てる」
【やってはいけないこれだけの理由】第15回「介入に備える…その4、中銀は負けが多い」
【やってはいけないこれだけの理由】第14回「日銀介入に備える…その3」
【やってはいけないこれだけの理由】第13回「日銀介入に備える…その2」
【やってはいけないこれだけの理由】第12回「日銀介入に備える…その1」
【やってはいけないこれだけの理由】第11回「FXだけで食べていく計画、その3…無料の情報を生かす」
【やってはいけないこれだけの理由】第10回「FXだけで食べていく計画、その2…高額の情報ベンダーと契約する必要はあるか?」
【やってはいけないこれだけの理由】第9回「FXだけで食べていく計画、その1…まずは金融機関と違うことを認識」
【やってはいけないこれだけの理由】第8回「儲けるために大事なこと…臆病者が勝つ」
【やってはいけないこれだけの理由】第7回「新聞は読むな?」
【やってはいけないこれだけの理由】第6回「FX詐欺でTKOされないために」
【やってはいけないこれだけの理由】第5回「どのFX指南役が信用できるか、その3」
【やってはいけないこれだけの理由】第4回「140.00円に売りなんて置いてはいけない!」
【やってはいけないこれだけの理由】第3回「どのFX指南役が信用できるか、その2」
【やってはいけないこれだけの理由】第2回「どのFX指南役が信用できるか、その1」
【やってはいけないこれだけの理由】第1回「ナンピンは魅力的。しかし・・・」

為替情報部 アナリスト

松井 隆

大学卒業後、1989年英系銀行入行。入行とともに為替資金部(ディーリングルーム)に配属。以後2012年まで、米系、英系銀行で20年以上にわたりインターバンクのスポット・ディーラーとして為替マーケットで活躍。ロンドン本店、アムステルダム、シンガポール、香港の各支店でもスポット・ディーラーとして活躍する。 銀行退職後は本邦総研、FX会社のコンサルティング、ビットコインのトレーディング等多岐にわたって活躍。 2017年にDZHフィナンシャルリサーチに入社。

松井 隆の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております