やってはいけないこれだけの理由

第113回「FRBの2大責務…今は何を重要視しているかを知らないでやってはいけない」

日米中銀の責務とは


各国の中央銀行には様々な責務があります。

日銀はホームページを見ればわかるように、「物価の安定」と「金融システムの安定」に貢献をすることを目的としていると記しています。

なお、「物価の安定」は日本銀行法第1条第1項と第2条に、「金融システムの安定」は日本銀行法第1条第2項に定められています。


同様に米連邦準備理事会(FRB)にも責務が2つあり、これはDual Mandate(2つの責務)とされています。

その2つは「物価の安定」と「持続可能な雇用の最大化」とされています。


1つ目の「物価の安定」については

個人消費支出価格指数(PCE)の年間変動率で測定される2%のインフレ率が、FRB責務と長期的に最も整合的であると判断している。

米連邦公開市場委員会(FOMC)では、インフレ率がこの目標を持続的に上回ったり下回ったりする場合には懸念する、と記しています。


2つ目の「持続可能な雇用の最大化」については

雇用に関する明確な目標を明示することは適切ではないとしつつ、委員会の決定は広範な労働市場指標から情報を得なければならない。

と記しています。


中銀の責務が変わる場合も


日米だけではなく、他の中央銀行でも責務があり、その責務が政治状況で変化が生じる場合があります。

例えばニュージーランドの中央銀行であるNZ準備銀行(RBNZ)は、アーダーン労働党政権の時にFRB同様に「雇用の最大化」も責務に加えました。

しかし、コロナウイルスによるパンデミック後、新たに加わった責務の影響もあり、インフレ対策が後手に回りました。

よって、その後の選挙で国民党が政権を獲得すると、この新たな「雇用の最大化」を外した経緯があります。



また、南アフリカの中央銀行である南ア準備銀行(SARB)は国からたびたび「雇用の最大化」を責務に入れるように圧力がかかっています。

しかし、失業率が3割を超えるような状況で、「雇用の最大化」などを責務に組み入れることは不可能なことで、拒否しています。


FRBの2大責務・・・今は何を見てFXをトレードするべきか?


FRBについての2大責務について話を戻します。

これまでは、インフレ対策が経済の最大の課題だったことで「物価の安定」が最も注目されていました。

よって、インフレ指標とされる消費者物価指数、卸売物価指数、個人消費支出などの経済指標の結果に米金利やFXが大きく反応していました。


しかしながら、ここ最近はそれに変化が生じています。

変化の兆しが見えたのが、7月30-31日に行われたFOMC後にパウエル議長が、これまでの「インフレリスクへ高い関心(highly attentive to inflation risks)」から「2つのマンデートの両面におけるリスクに注意(attentive to the risks to both sides of its dual mandate)」と発言したことから始まりました。


更にパウエル議長が米カンザスシティー連銀主催のシンポジウム(通称・ジャクソンホール会議)での講演で、「インフレ率が2%への軌道にあるとの確信強めた」と述べ「物価の安定」への警戒感を緩めていた反面、「労働市場の冷え込みは間違いない」と「持続可能な雇用の最大化」に関しては、これまで以上の警戒感を示しました。


要するの、今後のFRBは、よほどインフレ指標が振れない限りは「雇用の最大化」が一番の重要視してみていくと宣言したようなものです。


この変化によりFX市場の動きも変化しました。

9月6日に発表された8月の米雇用統計では平均時給が前月比・前年比ともに市場予想を上回りました。

この結果を受けて瞬間的に米金利が上昇し、ドル買いになりました。

しかし、すぐに非農業部門雇用者数が予想を下回ったことへの反応が重要視され、米金利は急低下し、ドル安が進行しました。


先週発表された8月のインフレ指標(消費者物価指数=CPI、卸売物価指数=PPI)の結果でFXは上下しましたが、次第に値動きは落ち着き、結局は行って来いの相場になりました。


このように、FRBが注目する責務の重要性が変化しているのです。FXを取引するうえでこの変化を見逃がしてはいけません。

雇用統計時に、賃金上昇のインフレ懸念ばかりに目を向けていた人たちは完全に上値を掴んでしまったように、その前の流れ(FRBが雇用をより重要視したこと)をつかんでいなければならないのです。


雇用に関しては、FRBが示しているように「雇用に関する明確な目標を明示することは適切ではない」ことで、雇用指数に関しては様々な指標を吟味していく必要が出てくるでしょう。

ただ、それでも当面の間はFRBの2大責務は「雇用の最大化」が「物価の安定」に上回ると思って当面は取引をしないでやってはいけません。











この連載の一覧
第113回「FRBの2大責務…今は何を重要視しているかを知らないでやってはいけない」
第112回「バイアスがかかった考えをもってやってはいけない」
第111回「円相場を見るならアジア通貨の動きを見ないでやってはいけない」
第110回「7・8月の相場を振り返る・・・この反省を生かさないでやってはいけない」
第109回「日銀の政策決定会合の結果発表時間がなぜ定まらないのか」
第108回「日銀のパラダイムシフト2…正副総裁が市場流動性を破壊」
第107回「日銀のパラダイムシフト…これまで通りの考えでやってはいけない」
第105回「スポーツ賭博もFXも②・・・嘘が常態化する人はやってはいけない」
第104回「自分が一番大事?・・・様々なことを勘繰らないでやってはいけない」
第103回「円安を本当に止める気があるのか・・・何が信用できるかを確かめないでやってはいけない」
第102回「クロス円をしっかり見ないでやってはいけない」
第101回「介入を過度に警戒してはいけない」
第100回「CPI後のFOMC、ドットプロントに織り込んだか吟味しないでやってはいけない」
第99回「南ア政局・・・これを知らないでランド取引はやってはいけない」
第98回「G7財務相・中央銀行総裁会議・・・結果を調べないでやってはいけない」
第97回「南ア総選挙、これを知らないでやってはいけない」
第96回「ラーメン3000円も高くない、自作自演の円安を知らないでやってはいけない」
第95回「利上げだけで円安が止まると思ってやってはいけない」
第94回「介入にも限界があることを知らないでやってはいけない」
第93回「スポーツ賭博もFXも①・・・バンプはやってはいけない」
第92回「毎回同じ理由で動くと思ってやってはいけない」
第91回「クロス通貨・・・どのように算出しているか知らないでやってはいけない」
第90回「FXの世界のギャンブル依存症・・・このような人はFXもやってはいけない」
第89回「カントリーリスク・・・混迷する世界情勢を知らないでやってはいけない?」
第88回「チャートポイントを信じますか?・・こんなチャート利用法はやってはいけない」
第87回「それって何の講演?・・・講演内容を知らないでやってはいけない」
第86回「タカ派ハト派を更新していますか?・・・最新の発言をアップデートしないでやってはいけない」
第84回「月のアノマリーはあるのか・・・その月の特徴を知らないでやってはいけない?」
第83回「中央銀行も変わる・・・マイナーチェンジを知らないでやってはいけない」
第82回「コンプライアンス・・・時代の移り変わりを知らずにやってはいけない」
第81回「こういう人はFXをやってはいけない③・・・利食えない人はやってはいけない」
第80回「こういう人はFXをやってはいけない②・・・損切りが遅い人はやってはいけない」
第79回「こういう人はFXをやってはいけない①・・・自分が正しいと思う人はやってはいけない」
第78回「なぜ年末は取引をやってはいけないのか・・・応当日の特殊事情」
第77回「今年1年は何をやったら儲かったか・・・反省せずに来年はやってはいけない」
第76回「昨年の値動きを忘れずにやってはいけない」
第75回「今年は今週でおしまい?・・・最後の2週間はやってはいけないこと」
第74回「実弾介入しか防げない・・・根強い円安基調でやってはいけないこと」
第73回「感謝祭相場・・・11月の特別事情を知らないでやっていけない」
第72回「要人発言を吟味しないでやってはいけないこと・・・介入は入らない?」
第71回「スイスフランの値動きを見ないで、やってはいけない」
第70回「10月の介入実績ゼロ、介入の噂だけを信じてやってはいけない」
第69回「下手な鉄砲は数撃っても当たるのか?・・・動かない相場の時は何をしてはいけないか」
第68回「中東紛争・・・過去とのFXの動きが違うことを考慮しなくてやってはいけない」
第67回「NZ総選挙を知らずにやるな・・・今日はNZドルに要注意」
第66回「米政治・次回は政府閉鎖も・・・FXも動く可能性あり」
第65回「月末は余裕がない人はやってはいけない」
第64回「ストライキ・・・舐めてはいけない経済への影響」
第63回「どうせなら格好よく言おう・・・こういえば通と思われる?」
第62回「NZ・10月総選挙・・・これを知らないでNZドルを取引してはいけない」
第61回「食料インフレ・・・国によって違うことを知らないでやってはいけない」
第60回「インフレ指標・・・これを知らずにやってはいけない」
第59回「夏枯れ相場でも手を出す3タイプのディーラー・・・やってはいけないのは?」
第58回「中銀は内容だけでなくスケジュールも異なる」
第57回「日銀?分からないときはやってはいけない・・・海外勢は理解不能」
第56回「ブラックアウト期間を知らないでやってはいけない…国によっても違う」
第54回「新聞を確かめずにやってはいけない」
第53回「スワップポイントを知らずにやってはいけない」
第52回「日銀の利上げ?・・・準備を怠らずにやってはいけない」
第51回「対ドル以外の取り引きを見ないでやってはいけない」
第50回「時間帯を知る②東京市場とは・・・これを知らずにやってはいけない」
第49回「時間帯を知る①月曜早朝取引・・・これを知らずにやってはいけない」
第48回「歴史は繰り返す・・・過去の動きを忘れてやってはいけない」
第47回「政治的な動きを知らなくてはやってはいけない」
第45回「経済指標での動きを50/50と思ってやってはいけない」
第46回「常に知識・情報をアップデートしないといけない」
第44回「銀行の融資状況を知らなくてFXをやってはいけない」
第43回「雇用・CPI等から、新たな視点に変えないでやってはいけない」
第42回「フェドウォッチを見ないでFXをやってはいけない・・・年末は95%利下げ予想」
第41回「高金利通貨は各国の状況を知らないとやってはいけない」
第40回「金融危機はまだ去っていない、最良のCEOの言葉を無視してはやってはいけない」
第39回「ドットプロットとフェドウォッチのずれを判断しないでやってはいけない」
第38回「若者こそFX取引を・・・その2、やってはいけないでなく、やってほしい」
第37回「銀行の救済問題、詳細を把握せず取引してはいけない」
第36回「若者こそFX取引を・・・その1、やってはいけないでなく、やってほしい」
第35回「肌感覚を大切にしないでやってはいけない」
第34回「タカ派・ハト派を知らずやってはいけない」
第33回「政治家の発言を吟味して取引しないといけない」
第32回「ポンドドル、ポンド円の取引をやってはいけない」
第31回「新たに注目される指標を無視してトレードをやってはいけない」
第30回「次の日銀総裁の意向を考えないで、やってはいけない」
第29回「他の市場の動きを無視して、やってはいけない」
第28回「中銀の独立性がない国の通貨はやって(買って)はいけない?」
第27回「昨年は何の通貨をやってはいけなかったか?」
第26回「提供されているヒントを無視することを、やってはいけない」
【やってはいけないこれだけの理由】第25回「重要イベント前にポジションを取ってはいけない」
【やってはいけないこれだけの理由】第24回「12月にトレードをやってはいけない」
【やってはいけないこれだけの理由】第23回「スケジュールを見ないで取引をやってはいけない…先週なぜ大きく動いたか」
【やってはいけないこれだけの理由】第22回「金利上昇=通貨買いをやってはいけない」
【やってはいけないこれだけの理由】第21回「FOMC…乗り遅れない!今年のメンバーはもう忘れよう」
【やってはいけないこれだけの理由】第20回「ファンダメンタルズには逆らうな」
【やってはいけないこれだけの理由】第19回「日本語を信じるな…翻訳ソフトで良いので原文を読む」
【やってはいけないこれだけの理由】第18回「サプライズ介入は成功するのか?」
【やってはいけないこれだけの理由】第17回「市場との対話、今回は大失敗?」
【やってはいけないこれだけの理由】第16回「アジア時間の欧州通貨の動きを捨てる」
【やってはいけないこれだけの理由】第15回「介入に備える…その4、中銀は負けが多い」
【やってはいけないこれだけの理由】第14回「日銀介入に備える…その3」
【やってはいけないこれだけの理由】第13回「日銀介入に備える…その2」
【やってはいけないこれだけの理由】第12回「日銀介入に備える…その1」
【やってはいけないこれだけの理由】第11回「FXだけで食べていく計画、その3…無料の情報を生かす」
【やってはいけないこれだけの理由】第10回「FXだけで食べていく計画、その2…高額の情報ベンダーと契約する必要はあるか?」
【やってはいけないこれだけの理由】第9回「FXだけで食べていく計画、その1…まずは金融機関と違うことを認識」
【やってはいけないこれだけの理由】第8回「儲けるために大事なこと…臆病者が勝つ」
【やってはいけないこれだけの理由】第7回「新聞は読むな?」
【やってはいけないこれだけの理由】第6回「FX詐欺でTKOされないために」
【やってはいけないこれだけの理由】第5回「どのFX指南役が信用できるか、その3」
【やってはいけないこれだけの理由】第4回「140.00円に売りなんて置いてはいけない!」
【やってはいけないこれだけの理由】第3回「どのFX指南役が信用できるか、その2」
【やってはいけないこれだけの理由】第2回「どのFX指南役が信用できるか、その1」
【やってはいけないこれだけの理由】第1回「ナンピンは魅力的。しかし・・・」

為替情報部 アナリスト

松井 隆

大学卒業後、1989年英系銀行入行。入行とともに為替資金部(ディーリングルーム)に配属。以後2012年まで、米系、英系銀行で20年以上にわたりインターバンクのスポット・ディーラーとして為替マーケットで活躍。ロンドン本店、アムステルダム、シンガポール、香港の各支店でもスポット・ディーラーとして活躍する。 銀行退職後は本邦総研、FX会社のコンサルティング、ビットコインのトレーディング等多岐にわたって活躍。 2017年にDZHフィナンシャルリサーチに入社。

松井 隆の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております