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第202回 中央銀行は市場に勝てるのか

1992年9月16日、この日は外国為替市場の歴史の中でも特に有名な「ブラック・ウェンズデー(暗黒の水曜日)」として知られています。英国政府とイングランド銀行(英中銀、BOE)が自国通貨ポンドを守るため総力を挙げて市場と対峙したものの、最終的には敗北を認めざるを得なかった歴史的な一日です。

 

現在でも、「中央銀行が為替介入を行えば相場は動く」「政府には市場を動かす力がある」と考える投資家は少なくありません。しかし、この出来事は「市場の流れが政策と逆方向に向かった場合、その力は政府や中央銀行の想定を上回ることがある」という事実を世界に示しました。

 

FX初心者の方にもぜひ知っていただきたい、為替市場を理解するうえで欠かせない歴史の一つです。

 

なぜ英国は苦しい状況に追い込まれたのか

当時の英国は、欧州為替相場メカニズム(ERM)に参加しており、ポンド相場をドイツ・マルクに対して一定の範囲内で維持する義務を負っていました。しかし、英国経済は景気後退局面に入り、高金利政策が企業や家計の大きな負担となっていました。一方、ドイツではインフレ抑制のため高金利政策が続いており、英国もERMを維持するため、高い金利水準を維持せざるを得ない状況に置かれていました。

 

つまり、本来であれば景気を支えるために利下げを行いたいにもかかわらず、為替相場を守るためには利下げができないという矛盾を抱えていたのです。このような経済状況から、市場では「ポンドは実力以上に高く評価されているのではないか」との見方が広がっていきました。

 

市場は中央銀行の弱点を見抜く

その代表的な存在が、著名なヘッジファンド運用者ジョージ・ソロス氏率いるファンドでした。市場参加者は「英国は現在の為替水準を維持し続けることは難しい」と判断し、大規模なポンド売りを仕掛けます。

 

これに対し、BOEは大量のポンド買い介入を実施し、さらに政策金利を10%から12%、その後15%へ引き上げるという異例の対応を発表しました。通常であれば利上げは通貨高要因となります。しかし市場は、「これほど急激な金利引き上げは長期間維持できない」と判断し、ポンド売りは止まりませんでした。

 

最終的に英国政府はERMからの離脱を決断し、ポンドは大幅に下落しました。一方でソロス氏は巨額の利益を得たことで、「イングランド銀行を打ち負かした男」として世界的に知られる存在となりました。

 

この出来事は現在のFX市場にも通じる

ブラック・ウェンズデーは、「政府や中央銀行よりも市場の力が勝る場合がある」ことを世界中の投資家に強く印象付けました。もちろん、中央銀行は極めて大きな影響力を持っており、実際に為替介入によって相場の流れが変わるケースも少なくありません。

 

しかし、その政策が経済の実態とかけ離れている場合、市場は最終的に政策を押し返してしまうこともあります。例えば2022年以降、日本政府・日本銀行による円買い介入が大きな注目を集めましたが、その際も市場では「介入だけで相場の流れを変えることは難しく、日米金利差の縮小が伴うかどうかが重要である」と繰り返し指摘されていました。

 

約30年前の英国で起きた出来事は、現在の為替市場にも共通する重要な教訓を残しているのです。

 

 FX初心者が学んでおきたい3つのポイント

この歴史的な出来事から学べることは数多くあります。

第一に、「金利は通貨の価値を左右する最も重要な要因の一つである」ということです。FX市場で各国中央銀行の金融政策や政策金利が注目される理由もここにあります。

 

第二に、「為替介入だけを過信しない」ということです。介入によって短期的に相場が大きく動くことはありますが、経済の方向性が変わらなければ、相場は再び元の流れに戻るケースも珍しくありません。

 

そして第三に、「相場は期待で動く」という点です。実際に政策変更が行われる前から、市場参加者は「いずれ政策変更が必要になる」と予想して売買を始めます。そのため、ニュースが正式に発表された時には、すでに相場が大きく動いた後だったということも少なくありません。

 

FXでは、発表された事実だけではなく、「市場が何を織り込もうとしているのか」という視点を持つことが非常に重要です。

 

おわりに

ブラック・ウェンズデーは、単なる歴史上の出来事ではありません。現在でも外国為替市場では、各国中央銀行と市場参加者との駆け引きが繰り返されています。米連邦準備制度理事会(FRB)、日本銀行、欧州中央銀行(ECB)、BOEなどの金融政策が世界中から注目されるのも、その一つひとつの判断が通貨の方向性を左右する可能性を持っているためです。

 

FX初心者の方はチャートだけを眺めるのではなく、「なぜ相場がその方向へ動いているのか」という背景にも目を向けてみてください。相場への理解はより深まり、ニュースの見方も大きく変わるはずです。30年以上前に起きたこの歴史的な出来事は、現在のドル円相場やユーロ、ポンド相場を考えるうえでも、多くの示唆を与えてくれています。

この連載の一覧
第202回 中央銀行は市場に勝てるのか
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第197回 介入最大規模も、円安止まらず
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第195回 ドルの基軸通貨の地位、揺るがないか
第194回 米中首脳会談、無難で終了
第193回 円買い介入も円売りポジションの解消進まず
第192回 加ドル、USMCAの見直しも重要なイベント
第191回 弱いのは日本、それとも円?
第190回 原油高・ユーロ安
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第182回 トランプ関税圧力と加ドル
第181回 円相場のカギは日本国債
第180回 2026年世界10大リスク-米調査会社
第179回 25年の中国貿易黒字、初の1兆ドル超え
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第172回 インフレと円安
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第170回 トランプ氏、米中をG2と表現
第169回 ヘッジファンド資産、過去最高
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第162回 自民党総裁選と金融市場
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第158回 「基調的な物価上昇率」
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第156回 今年後半の米経済
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第96回 デイトレードの基本は順張り
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第93回 本間宗久が残した相場の極意
第92回 基軸通貨のドル、強い
第91回 外国為替相場制度
第90回 米長期金利とドル円
第89回 RBNZ政策金利とNZドル円
第88回 日銀、利上げに踏み切るも円安
第87回 日本、「金利のある世界」に向かう
第86回 豪中銀と政策金利
第85回 トランプ氏の再選リスク
第84回 加中銀とその金融政策
第83回 英中銀とMPC
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第81回 FRB 、FOMC
第80回 人民元の基準値
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第78回 日銀、1月会合でマイナス金利解除を見送るか
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第65回 購買力平価説
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為替情報部 アナリスト

金 星

中国出身。横浜国立大学大学院卒業後、国内商品先物会社に入社。 外国為替証拠金取引会社へ出向し、カバーディール業務に携わりながら市況サービスも担当。 2013年にDZHフィナンシャルリサーチに入社。

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