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第212回 英国の「ブラック・ウェンズデー」

FXの歴史を振り返ると、「中央銀行が為替レートを守ろうとしたものの、市場の力に押し切られた」という出来事があります。その代表例が、1992年9月16日の英国「ブラック・ウェンズデー」です。

 

この日は英国が欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱することになり、ポンドが大きく売られました。現在のFX市場を理解するうえでも、「中央銀行の政策と市場の力がぶつかると何が起きるのか」を学べる重要な事件です。

 

ポンドを一定の水準に固定

当時の欧州では、将来の単一通貨導入を目指して、各国通貨の為替レートを一定の範囲に収めるERMが運用されていました。英国も1990年にERMへ参加し、ポンドの為替レートを一定範囲に維持する必要がありました。

 

しかし、英国経済は景気低迷に直面する一方、ドイツでは東西ドイツ統一後のインフレ圧力などを背景に金利が高い状態が続いていました。英国にとっては、景気を支えるために金利を下げたい一方、ポンドを維持するためには金利を高く保つ必要があるという難しい状況になっていたのです。

 

投資家、「ポンドは維持できない」と考え

市場参加者の間では、英国政府がポンドの水準を維持し続けることに疑問が広がりました。そこで投資家やヘッジファンドがポンドを売り、相場が下落すると、英国当局はポンドを買って下落を食い止めようとしました。

 

さらに英国政府は金利を引き上げ、ポンドを支えようとしました。しかし、売り圧力は収まりませんでした。1992年9月16日、英国政府は最終的にERMからの離脱を決定します。イングランド銀行によれば、この危機による財務省の損失は30億ポンドを超えたとされています。

 

「ジョージ・ソロス」で有名に

ブラック・ウェンズデーを語るとき、投資家ジョージ・ソロス氏の名前がよく登場します。ソロス氏らのヘッジファンドは、英国政府がポンドの価値を維持するのは難しいと判断してポンド売りを仕掛け、大きな利益を得たとされています。

 

ただし、ここで重要なのは「一人の投資家が英国を倒した」という単純な話ではありません。英国経済の状況と為替政策との間に無理が生じ、それを市場が見抜いたことで、ポンド売りが一気に拡大したと考える方が実態に近いでしょう。IMFの歴史資料でも、1992年9月には投機的な売りが急速に拡大し、英国当局がポンド防衛を断念した経緯が説明されています。

 

FX初心者が覚えておきたいこと

この事件から学べる最大のポイントは、「中央銀行や政府が望む為替レートと、市場が考える適正な為替レートは一致するとは限らない」ということです。

 

為替介入や金利変更によって相場を動かすことはできます。しかし、経済の実態と政策に大きな矛盾が生じれば、市場参加者から一斉に反対方向の取引を仕掛けられる可能性があります。

 

これは現在のFXにも通じます。為替介入や中央銀行の発言を見るときも、「政府がそう言っているから相場が反転する」と考えるだけではなく、市場参加者がその政策を本当に信じているのかを見ることが重要です。

 

おわりに

ブラック・ウェンズデーは、「為替市場では政府や中央銀行でさえ、相場を完全にコントロールできない」ということを象徴する出来事でした。一方で、中央銀行の政策が無意味というわけではありません。金利政策や為替介入は現在でも相場を大きく動かします。

 

大切なのは、政策そのものだけを見るのではなく、その政策と経済の実態が整合しているのか、そして市場がどう受け止めているのかを見ることです。FXでは、ニュースを読んだら「政府は何をしたのか」だけでなく、「なぜ市場はそのニュースに反応したのか」まで考えてみると、相場の見方が一段深くなります。

この連載の一覧
第212回 英国の「ブラック・ウェンズデー」
第211回 FXの基本「金利と為替」の関係
第210回 1998年LTCM危機の円相場
第209回 ニクソン・ショックから学ぶ為替の仕組み
第208回 ブレグジット、ポンドが急落
第207回 安全資産・円の意外な正体
第206回 「アジア通貨危機」から学ぶ通貨の信用
第205回 2015年のスイスフラン・ショック
第204回 リーマン・ショックと為替相場
第203回 プラザ合意、なぜ円高に
第202回 中央銀行は市場に勝てるのか
第201回 韓国ウォン急落、28年ぶり1500ウォン台
第200回 業者の「スワップ狙いはトルコリラ」に要注意
第199回 「最強の国」ランキング
第198回 ワールドカップ開催国と通貨
第197回 介入最大規模も、円安止まらず
第196回 日銀6月会合、利上げ実施か
第195回 ドルの基軸通貨の地位、揺るがないか
第194回 米中首脳会談、無難で終了
第193回 円買い介入も円売りポジションの解消進まず
第192回 加ドル、USMCAの見直しも重要なイベント
第191回 弱いのは日本、それとも円?
第190回 原油高・ユーロ安
第189回 ドル円は160円台回復、今後は?
第188回 イラン戦争、中国への影響
第187回 スイスフラン、なぜ強い
第186回 中東情勢に主要通貨の反応
第185回 経常収支の黒字は過去最大も、円安続く
第184回 中国・全人代、3月5日に開幕
第183回 ドル円、ドルの信認低下も重し
第182回 トランプ関税圧力と加ドル
第181回 円相場のカギは日本国債
第180回 2026年世界10大リスク-米調査会社
第179回 25年の中国貿易黒字、初の1兆ドル超え
第178回 金の台頭、ドルの支配に影響
第177回 人民元は堅調
第176回 FRB、来年の政策運営はなお不透明
第175回 円安、結局は再び介入との勝負か
第174回 円安、メリットとデメリット
第173回 実質為替レート 1ドル=270円
第172回 インフレと円安
第171回 予算案控え、慌ただしい英政府
第170回 トランプ氏、米中をG2と表現
第169回 ヘッジファンド資産、過去最高
第168回 通貨スワップ協定
第167回 カナダ経済は厳しい
第166回 自動売買のメリット・デメリット
第165回 FX活用の為替ヘッジ
第164回 利下げ再開、米経済は?
第163回 市場とFRB、来年以降の見通しにかい離
第162回 自民党総裁選と金融市場
第161回 英国の財政懸念
第160回 FRB理事の解任騒動
第159回 11人の次期FRB議長候補
第158回 「基調的な物価上昇率」
第157回 中国の政策金利
第156回 今年後半の米経済
第155回 日米合意、今後のドル円は?
第154回 トランプ氏、人民元の影響拡大の引き立て役になるか
第153回 香港ドル、キャリー取引が活発化
第152回 英国でもトリプル安
第151回 中東リスクに円買いではなくドル買い
第150回 悪いドル安
第149回 FX、マイルールを徹底
第148回 FX詐欺の手口
第147回 信認低下のドル、売り圧力が継続
第146回 半導体を制するものが世界を制する
第145回 米中会談、過度な期待は禁物
第144回 加ドル、米加首脳会談に注目
第143回 日米協議、円安是正に一安心も警戒残る
第142回 関税方針、トランプ氏の正念場
第141回 トランプ氏の脅かし、中国には通用しない
第140回 トランプ関税、ポンド相場への影響
第139回 RBA、追加利下げは5月か
第138回 英中銀、慎重な利下げペース維持
第137回 ドイツの大規模な財政拡大策
第136回 中国、今年GDP成長目標を5%前後に
第135回 米消費者信頼感指数、消費鈍化を示唆
第134回 リーダー不在のEU
第133回 各国中銀の利下げも、トランプ関税効果を薄めるか
第132回 円と加ドル、IMMポジションの変化
第131回 FX取引、投資詐欺に注意
第130回 FX、リスクも把握した上で取引を
第129回 トランプ氏VS中国
第128回 トランプトレードはいつまで続くか
第127回 ポジションの手仕舞い
第126回 今年最後の日米金融政策会合
第125回 中国景気、改善傾向もトランプリスク高まる
第124回 尹韓国大統領の戒厳令騒動
第123回 ポジションの管理
第122回 ドル円、160円台復帰はあるか
第121回 AI・FX取引
第120回 FX取引はギャンブルなのか
第119回 FXの確定申告
第118回 元キャリートレードの復活に注意
第117回 ドル円 8/1以来の150円台
第116回 ポンド、雇用・物価データの見極め
第115回 中国、景気支援策を強化
第114回 自民党総裁選、サプライズの結果に
第113回 景気回復が鈍いままの中国経済
第112回 最近の円相場、スキャルピング手法が有利か
第111回 最近主要国の金融政策(4)
第110回 最近主要国の金融政策(3)
第109回 最近主要国の金融政策(2)
第108回 最近主要国の金融政策(1)
第107回 投機筋、2週間以内での勝負多い
第106回 トランプVSハリス
第105回 来週の日銀会合、利上げは?
第104回 イベント・材料の認識から消化まで
第103回 経済指標の基本知識
第102回 勝つために情報本質の見極めは大事
第101回 押し目買いの罠
第100回 円安・円高の影響
第99回 円キャリートレードは正念場
第98回 ドル・ブル=ドル買いではない
第97回 ドル円 200円になったら
第96回 デイトレードの基本は順張り
第95回 ドル円、どこに向かうのか
第94回 FX、初心者に多い失敗例
第93回 本間宗久が残した相場の極意
第92回 基軸通貨のドル、強い
第91回 外国為替相場制度
第90回 米長期金利とドル円
第89回 RBNZ政策金利とNZドル円
第88回 日銀、利上げに踏み切るも円安
第87回 日本、「金利のある世界」に向かう
第86回 豪中銀と政策金利
第85回 トランプ氏の再選リスク
第84回 加中銀とその金融政策
第83回 英中銀とMPC
第82回 ECBと理事会
第81回 FRB 、FOMC
第80回 人民元の基準値
第79回 円キャリートレード
第78回 日銀、1月会合でマイナス金利解除を見送るか
第77回 ドル円 ゆく年くる年(2)
第76回 ドル円 ゆく年くる年(1)
第75回 ポジションの偏り
第74回 ユーロ圏、厳しい財政ルール
第73回 米国の双子の赤字、ドル相場への影響は?
第72回 日本の貿易収支
第71回 国際収支と為替(2)
第70回 国際収支と為替(1)
第69回 円買い介入警戒感が続く
第68回 FXにも山・谷がある
第67回 FX、時間軸視点も大切
第66回 PPPよりかなりの円安
第65回 購買力平価説
第64回 米大統領選とドル相場
第63回 円の実質実効為替レート、50年ぶりの低水準
第62回 実質実効為替レート、通貨の強弱が分かる
第61回 FX取引には時間・季節も影響
第60回 プロと素人
第59回 相場に入る・離れるタイミング
第58回 FX、成功する人・失敗する人
第57回 外貨預金にも使えるFX取引
第56回 FXトレードスタイル(3)
第55回 FXトレードスタイル(2)
第54回 FXトレードスタイル(1)
第53回 近年の相場の軸足
第52回 FX相場の軸足
【第51回 ドル・ユーロ・円、3大通貨に注目】
【第50回 FX、取り組みのタイミング】
【第49回 大局観下でのアプローチ】
【第48回】大局観、身につけよう
【第47回】FX取引の投資資金
第46回 相場と真摯に付き合う
第45回 金相場と為替
第44回 うわさで買って、事実で売る
第43回 原油相場と為替
第42回 金利差拡大ならお金は金利の高い国へ
第41回 貿易収支と為替相場
第40回 米国、なぜドル高にこだわるのか?
第39回 景気と為替相場
第38回 先物市場で投機筋の動きを把握
第37回 米SVB経営破綻の為替相場への影響
第36回 インフレと為替
第35回 FX、最強の参加者は?
第34回 為替レートの安定は為替ディーラーに不利なのか?
第33回 FXの自動売買取引
第32回 注目度の高い米雇用統計
第31回 リスクオン・リスクオフ取引
第30回 注目度の高い経済指標
第29回 アフリカの人気通貨 南アフリカ・ランド
第28回 安全資産・逃避通貨のCHF
第27回 2023年の為替相場
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為替情報部 アナリスト

金 星

中国出身。横浜国立大学大学院卒業後、国内商品先物会社に入社。 外国為替証拠金取引会社へ出向し、カバーディール業務に携わりながら市況サービスも担当。 2013年にDZHフィナンシャルリサーチに入社。

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