喧騒だった為替の世界
為替のディーリングルームといえば、大きな声が飛び交う世界を思い浮かべる人も多いでしょう。
1980年代から2000年代初頭にかけては、特に活気にあふれ、さまざまな音が絶えず響いていました。
その理由の一つが、電話のベルやブローカーとのやり取り、そしてディーラーの掛け声です。
通貨によって多少の違いはあるものの、当時は5社前後のブローカーから絶え間なくプライスが流れ、その声に対して「Yours!」「Mine!」と叫びながら取引を成立させていました。
セールスもディーラーにプライスを求める際には、その喧騒に埋もれないよう大声を出す必要があり、ディーリングルーム全体が常に騒がしい環境だったのです。
しかし、その後はブローカー経由の取引に代わって電子ブローキングが主流となり、ディーリングルームに響く声の量も質も徐々に変化していきました。
自己ポジションで一喜一憂・・・ダメな典型例
こうした声は仕事をするうえで必要不可欠なものでしたが、個人的に最も苦手だったのは、自分のポジションに一喜一憂する声です。
例えば、ドルロングを保有しているディーラーは、相場がフェイバー(含み益方向)に動くと声のトーンが明るくなり、どこか浮き足立った雰囲気になります。
さらに調子が出てくると、相場とは関係のない世間話まで始めることもありました。
一方で、ポジションがアゲインスト(含み損方向)に動くと、今度はイライラした空気が漂い始めます。
舌打ちが聞こえたり、自分の損失を周囲や相場のせいにしたりするのです。
「なんでこんなニュースに反応するんだよ?」
といった言葉が聞こえてくることもありました。
しかし、それは市場が悪いのではなく、自分の見立てやポジション管理が市場の動きに合わなかっただけの話です。
ディーラーにとって、自分のポジションに感情を支配されることほど危険なことはありません。
だからこそ、利益が出ても浮かれず、損失が出ても感情的にならない姿勢が求められるのです。

静寂の意味は?
特に天邪鬼な性格でもある私は、他人と同じポジションを持つことが大嫌いでした。
金融機関によっては、「チームでドルロングを持とう」「ユーロショートでいこう」といった形で、同じ方向のポジションを持つ文化があります。
しかし、私はそうした考え方に強い違和感を覚えていました。
なぜなら、多くの人が同じ考えを持っている時点で、その相場観はすでに価格に織り込まれている可能性が高いからです。
もちろん、かつてのプラザ合意やアベノミクスのように、政府や中央銀行が中長期的な方向性を明確に示している局面では、ポジションの偏りがあっても相場がその方向へ進み続けることがあります。
しかし、そのような特別なケースを除けば、短期的な相場で市場参加者のポジションが一方向に偏り過ぎると、ひとたび流れが反転した際にストップロスを巻き込んだ大きな逆流が発生します。
いわゆる「ストップロス大会」です。
チーム全体で同じポジションを持つことを好む人の中には、プラザ合意や円安トレンドなど、過去の大相場で大きな利益を得た成功体験を忘れられない人も少なくありません。
また、同じチーム内で自分だけ利益を上げられないことへの不安から、周囲と同じポジションを持とうとするディーラーもいます。
仮に損失を出したとしても、「みんなも同じだった」という安心感が得られるからです。
こうした経験もあり、私は信頼できる相手と情報交換はしても、誰がどのようなポジションを持っているかについては、できるだけ気にしないようにしていました。
同様に、自分がどのようなポジションを持っているのかを周囲に悟られることも好みませんでした。
利益が乗り始めると、どうしても言葉遣いや態度に表れてしまうものです。
そのため、ディーリング中は市場の動きだけに集中し、「ずいぶん底堅いな」「なかなか上がらないな」といった相場観を示唆する発言も極力控えていました。
相場に対する見方を口にすれば、それだけ自分のポジションを推測されやすくなります。
そして、その先入観が自分自身の判断を縛ることもあります。
だからこそ、できる限り無駄な感情や情報を排除し、目の前の値動きに集中することを心掛けていました。
静寂の状況で取引ができない場合は、ディーラーとして向いていない、もしくは時代遅れだと思われます。
そのような場合はFX事態をやってはいけないかもしれません。





