28年ぶりの協調介入
先週8月3日、本邦通貨当局は7月31日の外国為替市場で、日米が揃って円買いの協調介入を実施したと発表しました。
円買いの協調介入は、1998年6月のアジア通貨危機以来28年ぶりとなります。
(なお、円売りの協調介入は2011年3月の東日本大震災直後に実施されています。)
今回の介入が本邦通貨当局による単独介入ではなく、日米による協調介入だったことの意味は非常に大きいと言えます。
単独介入は市場の流れに逆らう形となるため効果が一時的に終わるケースも少なくありません。
一方、協調介入は主要国が「過度な円安を是正する」という共通の意思を市場に示すことになり、市場参加者の期待やポジション調整を促す効果が大きくなります。
そのため、今回の介入は単なる円買い介入ではなく、日米が過度な円安を容認しない姿勢を共同で示した政策メッセージとして受け止める必要があります。
日米の介入への思惑
協調介入ということは、日米双方に介入するだけの意義があったということです。
日本側からすると、ドル円は約40年ぶりの円安水準まで下落し、輸入物価の上昇を通じた家計や企業への負担が大きな課題となっていました。
また、今回の円安は、高市政権の財政拡大路線に対する懸念を背景に円売り圧力が強まったことも一因とみられています。
高市首相の支持率もじりじりと低下している中、円安による物価高への不満がさらに支持率を押し下げることは避けたいとの思惑があったと考えられます。
そのため、日本政府が円安是正を急ぐ理由は十分に理解できます。
では、米国側はなぜ協調介入に応じたのでしょうか。
介入後の米国時間8月2日、トランプ米大統領は「米国の円相場への介入は友好の証だった」「日本が助けを求めていた」と述べました。
もっとも、トランプ大統領は米国が日本と足並みをそろえて行動したという印象を避け、自国主導で支援したという構図を強調したかった可能性があります。
このため、市場では同氏の発言をそのまま受け止める向きは限定的でした。
一方、ベッセント米財務長官は、日米共同による円買い介入について「過度で無秩序な円の動きに対抗したものだ」と説明し、米国が介入に関与した事実を認めました。
米財務長官が他国通貨である円について「過度な下落を是正する必要がある」と明確な姿勢を示し、実際の市場介入に加え、追加介入の可能性まで示唆したことは極めて異例です。
さらに、ベッセント財務長官は今年1月にも、日米協調によるドル高・円安是正に向けた「レートチェック」を実施しており、一貫して過度な円安を問題視する姿勢を示してきました。
それでは、米国はなぜここまでして日本との協調介入に応じたのでしょうか。
そこには、単なる「友好関係」だけでは説明できない米国自身の経済的・政策的な狙いがあったと考えられます。
日本発の金利上昇を懸念・・・ウォーシュ氏の失敗も一因
今年1月、日本の超長期国債(30年債・40年債など)を中心に利回りが急上昇し、国債価格が急落した際、ベッセント財務長官は日本発の金利上昇と市場の混乱に対して強い懸念を示しました。
1月20日、ベッセント氏は日本国債市場で発生した過去数十年にない急激な金利上昇について、「わずか2日間で6標準偏差(シックス・スタンダード・ディビエーション)に達する極めて異常な値動きだ」と指摘しました。
問題視したのは、日本の財政拡張姿勢に対する市場の不安から発生した超長期国債の売りが、日本国内だけにとどまらず、米財務省証券(米国債)を含む世界の債券市場へ波及するリスクでした。
つまり、米国にとって日本の財政や金利動向は、単なる「他国の問題」ではなく、世界最大級の債券市場である米国市場の安定にも直結する問題だったということです。
さらにベッセント氏は、「日本の当局が市場を沈静化させるためのメッセージや口頭介入を発し始めるだろう」と述べ、日本政府や日本銀行に対して債券市場の安定化に向けた対応を促しました。
そして今回の円安局面も、本質的には同じ構図と言えます。
過度な円安が進行すれば、日本の輸入インフレを通じて物価上昇圧力が強まるだけでなく、日本の財政不安や国債市場への懸念を再び高める可能性があります。
また、日本国債市場の不安定化は、日本の機関投資家による海外資産のリバランスを通じて、米国債市場や世界の金融市場にも影響を及ぼしかねません。
そのため米国側から見ても、今回の協調介入は単に「日本を助ける」という意味ではなく、世界最大規模の債券市場を持つ日本発の金融リスクが米国市場へ波及することを防ぐという、自国の利益にも合致した対応だったと考えられます
特に、第206回「米トリプル安・・・再び起こる可能性を忘れずにやってはいけない」で記載しましたが、7月29日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後、米国市場では株安・債券安・ドル安のトリプル安が発生しました。
なかでも米国債は超長期債を中心に大きく売られ、利回りが急上昇しました。
その背景には、同コラムでも述べた通り、5月に就任したウォーシュ米連邦準備理事会(FRB)議長の市場との対話を欠いた発言により、金融政策への信認が揺らぎ、市場が米国資産売りに傾いたことがあります。
その結果、米30年債利回りは2007年以来の高水準まで上昇しました。
このような状況下で、日本が為替介入の原資を確保するために保有する米国債を売却すれば、米国債市場にはさらなる売り圧力が加わり、米金利上昇を招く可能性があります。
日本は2019年に中国を抜いて以降、現在も1兆ドルを超える米国債を保有する世界最大級の米国債保有国です。
そのため、仮に日本が実際に米国債を売却しなかったとしても、市場が「日本は円安阻止のために米国債売却へ動く可能性がある」と判断すれば、先回りした米国債売りが発生し、米金利をさらに押し上げるリスクがあります。
つまり、今回の協調介入は単なる為替市場での円安阻止ではなく、日本発の米国債市場への波及リスクを未然に防ぐという意味合いも持っていたと考えられます。
米国側にとっても、すでに高水準にある長期金利をさらに押し上げる要因は避ける必要がありました。
だからこそ、今回の協調介入への参加は、日本への配慮だけではなく、米国自身の金融市場安定化という明確なメリットがあったと言えます。

FIMAの重要性
今回の協調介入後の談話で、ひときわ重要なのはFIMAレポ・ファシリティの存在です。
FIMAとは、「Foreign and International Monetary Authorities(外国・国際通貨当局)」の略称です。
このFIMAレポ・ファシリティは、外国の中央銀行や通貨当局が保有する米国債を担保に、FRB(実務はニューヨーク連銀)から一時的にドル資金を調達できる制度です。
2020年3月、新型コロナ危機による金融市場の混乱を受けて導入され、2021年7月から恒久的な制度となりました。
簡単に説明すると、従来、日本が円買い介入を実施する場合、
米国債を売却 → ドルを確保 → ドル売り・円買い介入
という流れになります。
しかし、FIMAレポ・ファシリティを利用すれば、
米国債を担保にドルを借入 → ドル売り・円買い介入 → 後日ドルを返済
という形になるため、保有する米国債を市場で売却する必要がありません。
つまり、米国債市場への売り圧力を抑えながら、為替介入に必要なドル資金を確保できるという大きなメリットがあります。
今回の協調介入において、この仕組みが重要視された理由はここにあります。
トランプ大統領が述べたような「日本から頼まれたため友好の証として協力した」という単純な話ではありません。
米国側にとっても、日本が為替介入のために米国債を売却し、米長期金利がさらに上昇するリスクは避ける必要がありました。
特に当時の米国債市場は、財政懸念や金融政策への不信感から長期金利が高止まりしており、追加的な米国債売りは米国経済にとって大きな負担となります。
その意味で今回の協調介入は、日本の円安阻止だけではなく、米国債市場の安定化という米国自身の利益にも合致した対応だったと考えられます。
今後のFXは?
今後の為替市場を考える上で、基本的な構図としては、円安地合いを簡単に反転させることは難しいでしょう。
その最大の要因は、高市政権の財政政策に対して金融市場が明確に「NO」を突き付けていることです。
これまで多くの政治家が財政健全化を掲げながらも、実際に財政が大きく改善されたケースはほとんどありません。
そのような状況下で、「骨太の方針」から財政健全化の文言を外したことは、市場にとって財政拡張路線、さらに厳しく言えば放漫財政への転換と受け止められています。
加えて、円安を支えるもう一つの要因は、高市政権が米国に約束した巨額の対米投資です。
日本から米国へ大規模な資金が流れる構図は、裏を返せば日本が自らドル高・円安圧力を生み出しているとも言えます。
このような状況を考えると、円安基調そのものが短期間で大きく変化する可能性は低いでしょう。
一方で、これまでのようにドル円が一方向に上昇し続ける展開にはなりにくくなる可能性があります。
米国は貿易面から見れば、必ずしもドル高を望んでいるわけではありません。
ただし、ドルは米国の信用そのものであり、ドル安が進行することで米国債が売られ、長期金利が上昇することも避ける必要がありました。
そのため、これまで米国は「強いドル」政策を維持してきました。
しかし、今回のFIMAレポ・ファシリティの活用によって、米国は新たな選択肢を得ました。
すなわち、為替市場では過度なドル高を抑制しながら、一方で米国債市場への売り圧力を抑えるという対応が可能になったのです。
今後のFX市場では、こうした日米双方の思惑による綱引きが続くことになるでしょう。
また、重要なのは本邦通貨当局が市場から軽視されないことです。
これまでは、円安の構造的な要因が根強いため、介入が入っても一時的な調整に終わり、いずれ再び円安方向へ戻るという見方が市場にはありました。
仮に今回も介入後に160円台まで戻り、そこで再び介入が実施されたとしても、市場が「どうせ円安に戻る」と判断すれば、下値では押し目買いが強まる可能性があります。
そのため、通貨当局は市場に「円安は簡単には許容しない」という明確な姿勢を示し続ける必要があります。
いずれにしても、単独介入とは異なり、今回の協調介入におけるFIMAレポ・ファシリティの存在は非常に大きな意味を持っています。
この仕組みが持つ市場への影響力、そして協調介入が何を意味するのかを理解せずに、単なる円買い介入として捉えてはいけないでしょう。



